巨大資本のクラブ
ボクたちデッドエンド・ボーイズを乗せたマイクロバスは、愛知県との県境にかかる2つの大きな橋を越えて、三重県へ入ろうとしていた。
「今日も倉崎さんは、関東遠征で来れないのかよ、雪峰」
最後尾の席で、頭の後ろで手を組んだ紅華さんが、投げ出した脚も組みながら吐き捨てる。
「倉崎さんは、チームオーナーだ。他のチームとて、チームオーナーがチームに帯同などすまい」
雪峰さんは、紅華さんとは目も合わさずに、ノートパソコンに目を落としながら答えた。
「まあ、そうなんだがよ」
「ピンク頭の方こそ、今日は7人の彼女さんたちは来てないジャンか」
黒浪さんが、椅子に後ろ向きに座って、最後尾の席を除き込む。
「流石に、三重で試合して帰るとなるとな。勝利も、望み薄だしよ」
「でも千鳥さんと、千葉ちゃんは来てくれてるぜ」
……そう。
今回の遠征には、箙(えびら) 千鳥さんと、千葉 沙鳴(ちば さな)ちゃんが帯同していた。
運転手の隣の席で、仲良く2人並んで座っている。
「当たり前だよ。だってわたしは、デッドエンド・ボーイズ専属のカメラマンなんだからね」
千鳥さんは、スチール製のカメラボックスを、いくつも持ち込んでいた。
「開幕戦を、撮影しなきゃどうするって話ですよ。ね、先パイ」
「ウンウン。わかって来たねェ、沙鳴ちゃん」
手を取り合う、2人の少女。
「さっすが、千鳥さん。オレさまも活躍して、カッコいいとこ撮って貰わないとだぜ」
「し、しかしでありますな。相手はあの、日高グループがバックアップする3チームの、一角でありますぞ。我々は高校生がメインですし、圧倒的に不利であります」
「相変わらず杜都は、デカいクセにノミの心臓だなァ。ウチだって、これだけのメンツが揃ってんだからよ。勝てない相手じゃ、ないって」
自信満々の、黒浪さん。
「残念ですが、ウチの不利は否めませんね。フルミネスパーダMIEは、かなり完成されたチームです」
カードを切りながら、柴芭さんが言った。
「試合前から、ずいぶんと弱気ジャンか。監督、なんとか言ってやってくれよ」
「そうね。今回の相手は、流石に気合だけで勝てる相手じゃないよ」
珍しく、セルディオス監督は悲観的だった。
「そ、そんなにスゴい、チームなのかよ?」
思った答えが得られなくて、困惑する黒狼。
バスのフロントガラスに、巨大なスタジアムが見えて来た。
「デッドエンド・ボーイズの主力は、高校1年ね。確かにみんな、才能の片鱗くらいはあるよ。でも彼らは、高校の全国大会で結果を残してプロになったり、海外のリーグで点を量産したストライカーね。本来であれば、地域リーグの2部に居るのがおかしい戦力よ」
メタボ監督が断言すると、バスの中は静まり返る。
重苦しい空気を乗せたまま、バスはスタジアム横の真新しいアスファルトが敷かれた駐車場に着いた。
「ここが、フルミネスパーダMIEのメインスタジアムかよ。ウチとは、えらい差だぜ」
「なんかスタジアムの周り、サーキットみたいなのもあんな」
バスから荷物を降ろしながら、紅華さんと黒浪さんが感想を述べる。
「フルミネスパーダMIEは、サッカークラブの他に、レーシングチームも持っている」
「マジかよ、雪峰。そんじゃアレは、本物のサーキットなのか!」
「そうですよ、紅華くん。他にもこの広大な敷地内には、レジャー施設やホテル、温泉なども併設されています。巨大資本をバックに、Zeリーグ入りを目指しているクラブなんですよ」
「今年の昇格は、MIEで決まりじゃないか。ヤレヤレ……」
柴芭さんの説明を聞き、さらに肩を落とす紅華さん。
ボクも反論したかったケド、静岡ではMIEに惨敗してしまっているから、とても無理だ。
「普通にZeリーグの、トップクラブのスタジアムだぜ」
スタジアムへと続く道には露店が並び、真新しいチームユニホームが販売されていた。
「開幕戦だけあって、スゲェ人だぜ」
「みんな、MIEの勝利を疑ってないんだろうな」
「それに引きかえ、ウチと来たら……」
紅華さん、黒浪さん、金刺さんの3人のドリブラーが、背後を振り返る。
そこには、今まで乗って来たおんぼろのマイクロバスが、止まっていた。
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