鉄壁の黒蜘蛛
「すまない、千葉。お前にパスを送ろうとも、考えたんだが……」
ゴールを決めた桃井さんが、千葉委員長となにやら話してる。
「イヤ、まずはチームの勝利を優先すべきだ。お前の判断は、正しい」
「相変わらず、生真面目なヤツだな。だがお前は先パイたちに、後半だけでハットトリックを決めると豪語したんだ。無得点じゃ、終われんだろう?」
「もちろん、終わるつもりは無いさ。相手のキーパーは、伊庭に比べればかなり劣る。ボールさえ入れてくれれば、決めて見せる」
「そうか。ならばボクも、全力でお前にボールを送ろう」
2人の1年生プレーヤーは、それぞれのポジションに向かって走り出した。
「クッソ……スマンな。オレが、PKを止められたばかりに、カウンターになっちまって……」
「いえ、あのコースを止められたのですから、相手キーパーを褒めるべきでしょう」
落ち込む紅華さんを、勇気付ける柴芭さん。
「しっかし控えキーパーのクセに、凄まじい反応スピードだったよな?」
「そうでありますな、黒浪隊員。前半の小柄なキーパーも、かなりの反応スピードでしたが、後半のキーパーはそれに加え、手足が長く背も高いであります」
「ですが、出来る限り早く彼を攻略しないコトには、ウチが勝つ術はありません」
「まあな、柴芭。こっちのキーパーは、メタボコーチだからなァ。何点取られるか判ったモンじゃない。こりゃ、骨が折れるぜ」
ため息を吐く、紅華さん。
中盤にいるハズの雪峰キャプテンが、議論に加わらなかったコトもあり、デッドエンド・ボーイズは大した結論も出さずに、試合を再開した。
今日、何度目かのホイッスルが鳴り響く。
「やっぱカズマは、ポジションチェンジを伝えてないね。なんで雪峰が、最終ライン下がってるよ?」
ベンチでは、セルディオス監督が倉崎さんに、怒りをぶつけていた。
「アイツは喋るの、苦手ですからね。ですが今後、こんなシチュエーションの試合もあるかも知れません。アイツらの、対応力に期待しましょう」
「今度は、オレが仕掛ける。行くぜ!」
ピンク色の長い髪を振り乱し、技巧派ドリブラーが敵陣に斬り込む。
「紅華、キミの進入は許さない。ボランチのボクが止める!」
桃井さんが、ピンク色の髪を揺らしながら進路を塞いだ。
「そうかよ、ンじゃ抜くの止めるわ」
紅華さんは直ぐに、桃井さんとの勝負を放棄してボールを左に叩く。
「オッシャ、もっかいワイが、決めたるでェ!」
左のサイドライン際でボールを受けた金刺さんは、再び相手の右サイドバックを抜く。
今度は中には入らずに、ライン際を切れ込んだ。
「倉崎、相手はあのモモノイってボランチが抜かれると、厳しいみたいね?」
「岡田と1年のツートップは言うに及ばず、仲邨も守備しませんからね。他の中盤の選手も弱いし、彼にかかる負担はかなりのモノですよ」
「倉崎、彼らはそれに気付くと思うね?」
「気付いているからこその、紅華のプレーだと思いますよ」
メタボ監督の質問に、剣道の面を被った少女が押す車椅子に乗った、倉崎さんが答える。
「なるホド、彼は相手の弱点付くセンスあるね」
結局のところ、ボクたちがチャンスを作れているのも、紅華さんが相手のウィークポイントを上手く利用しているからだった。
「ほな、センタリングや!」
金刺さんが、マイナス気味のクロスを上げる。
ゴール前には、紅華さんと黒浪さんが飛び込んでいた。
「……あ!?」
けれども、上ったボールはあっさりと、伊庭さんにキャッチされてしまう。
「あの高さを、届いちまうのかよ!」
「このキーパーやっぱ、守備力ハンパ無いぞ!」
ボールを受けれなかった2人のドリブラーが、互いに顔を見合わせ嘆いた。
「来い、伊庭!」
前線で、千葉委員長が手をあげた。
「マ、マズイで、またカウンターや!?」
「こんな弱点の無いキーパー相手に、これ以上得点されたら……」
「グダグダ言って無ェで、いいから戻れ、駄犬!」
今度は金刺さんも、黒浪さんも、紅華さんも、必死に自陣に向って走っている。
「ウス……!」
黒蜘蛛キーパーのパントキックが、大きく空へと舞い上がった。
「ア、アレ……?」
荒れたグランドの隣に併設された、立派な野球場の方を見る黒浪さん。
伊庭さんの蹴ったボールは真横に跳び、並木道を超えて野球場の方へと転がって行った。
前へ | 目次 | 次へ |