酩酊
「お若い先生は、寝てしまわれましたね」
マスターがグラスを磨きながら、女性の客に語りかける。
「ウォッカベースのカクテルばかり注文していたから、彼は行けるのかと思ってたけど」
鳴丘 胡陽の前のグラスは、やっと空になっていた。
「どうやらカクテルの知識は、乏しかった様ですな」
「ええ、悪いコトをしたかしら」
グラマラスな女性教師は、カウンターに突っ伏して寝る後輩教師の頬を指で撫でる。
「随分と、気持ちよさそうに眠っておられますね」
「こんな寝顔を見ていると、あの頃を思い出すわ」
鳴丘 胡陽は、泥酔して寝てしまったボクの隣で、再び2人の英雄について語り出した。
「オイ、倉崎。国語の教師とのアポが取れたぞ」
サラサラヘアの男子生徒が、前の席でパソコン作業をしている男子生徒に声をかけた。
「そいつは使えるのか?」
「どうだかな。こないだのヤツみたいに、気位だけ高いだけの無能かも知れん」
「それでは困るぞ、久慈樹。今のところオレが授業を受け持っているが、正直オレじゃダメだな」
「確かにね。キミの授業は理路整然としていて、ボクなんかにとっては理想なんだが、そこいらの馬鹿まで理解できるかと言えば違うだろう」
久慈樹 瑞葉は、取り巻きの女子生徒たちの胸にもたれ込んだ。
「ちょっと、久慈樹くん。セクハラ紛いなコトしない」
新人教師だった頃の鳴丘 胡陽が、男子生徒を注意する。
「別にコイツら、嫌がって無いですよ。なあ?」
久慈樹を取り囲んでいたのは先日の、制服が透けるくらいにずぶ濡れだった4人の女子生徒だった。
「そ、そうだよ。別にわたしたち、イヤじゃないしさ」
「瑞葉の為に、お弁当だって作って来たんですよ」
「ちょっと、委員長だけズルくない?」
「梓、お前の弁当はありゃ無いわ。もっと練習しろ」
「うう、解かった。練習する」
久慈樹は、しょんぼりとしてる女子生徒の頭を撫でる。
「なあ、悪いんだが……」
「ああ、そうだね。事業の続きと行こうか」
倉崎に催促された久慈樹は、スマホを耳に充てながら交渉を再開した。
「まったく……普段の学校だったら、考えられない光景だわ……」
けれども彼女の背後の黒板には、相変わらず『自習』の文字が書かれていた。
「しかし、この国の先生と言うのは、質の低い人間が多すぎやしないか?」
スマホでの会話を終えた久慈樹が、教室の天井を見上げている。
「そいつもダメな感じか?」
「ああ。まず自分の意見すら、ちゃんと説明出来ていない。こんなヤツが授業をしたところで、生徒が理解できるとは思えないね」
「有名な学習塾に比べて、学校の教師の指導力はナゼこうも低い?」
「ボクが思うに、生徒が理解して無かろうが、彼らにとっては関係無いのが問題に思えるね」
「なる程。学校教師は、授業を進めるのが目的であって、理解させるのが目的では無いのだな」
倉崎も、コードを打ちながらため息を吐く。
「ボクの理想としては、生徒に勉強を理解させる技術と、生徒を授業に惹きつけさせるカリスマを持った人材かな」
「そんな人材なら、学習塾どもが放って置かないだろう」
「どこかに、優れた教師は落ちていないものかね」
「ちょっと、あなたたち。いい加減に……」
「そうだ、胡陽ちゃん。胡陽ちゃんの授業って、どんな感じ?」
「なッ、何をいきなり言っているの、久慈樹くん」
「先生の授業が見たいって言ってるんですよ。いい加減に自習も、飽きましたしね」
久慈樹は、周りの女子に視線を送る。
「そうですね、わたしも先生の授業を受けたいです」
「まあ、自習よりは退屈じゃ無いかも」
「先生って確か、科学の担当だったんだよね?」
「で、でも、今はその……」
「ストライキ中だから、授業は出来ない……と?」
久慈樹 瑞葉は、狡猾な瞳で女教師を睨んだ。
「毎日、教室の黒板に、自習って書くのが教育なんですか。この国の教育は、もうとっくに崩壊しているんですよ?」
久慈樹の演説に、鳴丘 胡陽は首を縦に振らざるを得なかった。
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