ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第05章・第15話

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隔絶された世界

「彼はね……」
 鳴丘 胡陽は、グラスに潤んだ唇を付ける。

「倉崎 世叛と言う生徒は、何か別の世界でも見ている感じだったわ」

「別の世界?」
「ええ、普通の高校生が見ている景色よりももっと、高い次元の世界よ」

「その時はもう、ユークリッドを立ち上げていたんですよね」
 ボクは倉崎 世叛が、中学1年でユークリッドを立ち上げた事実を知っていた。

「まだ人目に付かない、小さなサイトだったみたいね。また何か頼む?」
「じゃ、じゃあ、ブラッディ・マリーをお願いします」
 今度は真っ赤なトマトジュースの酒が、目の前に置かれる。

「でも、そんな彼を気に入らない人間がいた」
「もしかして……その人間と言うのが?」
 甘酸っぱいカクテルは、ボクの喉を潤した。

「久慈樹 瑞葉よ。彼は、高校のクラスでは意図して、チャラ付いたキャラを演じていたわ」
「演じていたと、直ぐに解るモノなんですか?」

「女の勘……とでも言えば、格好が良いんでしょうね」
 店には、ジャズの緩やかなトランペットが響く。

「実際には、彼の中学時代の黒い噂が、新米だったわたしの耳にも入っていたのよ」
「黒い……噂?」

「彼は、不良グループの中心人物でね。バイクを乗り回したり、カップルを襲撃して男をリンチにかけ、その目の前で女性を……」
「そ、そんな人道に反する行為を、彼がしていたんですか!?」

「あくまで噂よ。彼は一度も警察に捕まったコトは無かったし、何の証拠も残さなかった」
「ですが被害者が、そんな目に遭って名乗り出れるモノでしょうか?」
 ボクは、タリアの事件を思い出す。

「真相は、解らない。でも彼は、日本の警察を無能と笑っていたし、大人たち全てを見降していた」

「そんな男に、倉崎 世叛は目を付けられた……」
 『血まみれメアリー』の異名を持つカクテルが、ボクを過去の世界へと誘う。


 教室の窓の向こうには、穏やかな春の日差しにゆっくりと流れる綿雲があって、小鳥もチュンチュンとさえずっていた。

「えっと……キミは、倉崎 世叛くんでOKだったかな?」
 爽やかさを装った男が、窓際の最後尾の席に座る高校生に向かって言った。

「その本、プログラミングの本だろ。キミは、プログラマーかSEでも目指しているのかい」
 けれども倉崎は、返事を返さない。

「オイオイ。久慈樹くんが、話しかけてくれてるんだよ」
「なんとか言ったらどうなんだ。倉崎」
「無視するなんて、失礼じゃない」

 久慈樹を取り巻いた連中が催促をかけて来ても尚、窓の外に視線を固定させたまま動かなかった。

「なあ、久慈樹くん。こんなヤツ放っておいて行こうぜ」
「そうだよ。関わりたくないんなら、こっちから願い下げよ」

「仕方ない、行こうか」
 久慈樹 瑞葉は周りの連中に誘われて、一旦は倉崎の目の前から離れる。

 『リーンゴーン』と美しいチャイムが鳴り、高校生たちは退屈な授業から解放された。
机の上には、カラフルな弁当箱やコンビニ弁当、学食のパンが並んでいる。

「アレ、久慈樹くん居ないわね?」
「どこへ行ったんだ、便所かな」
「どうせ直ぐ、戻って来んだろ」

 授業を終えた鳴丘 胡陽は、窓際の席に誰も座っていないのに気付く。
けれども生徒たちの感心は久慈樹に集中し、その事実を認識すらしていなかった。

 彼女は、2人の生徒の行方が気になったが、早急に教室を出る。

「まったく……いくら教民法が施行されるかどうかの瀬戸際だからって、生徒たちを放り出して決起集会だなんて、呆れてモノが言えないわ」
 小声で愚痴を吐き捨てながら、速足で廊下を歩く新人教師。

 その時、向かい側の校舎の屋上に、2人の生徒が居るのに気付いた。

「アレは……久慈樹 瑞葉と倉崎 世叛」
 すると急に、頭の後ろから声がかかる。

「おや、鳴丘先生も決起集会に向かわれるのですね」
「え、ええ、そうです」
 チラリと横目に屋上を見たが、既に誰の姿も無かった。

「教育を民間に移行するなどと、こんな法案は断じて通してはなりません。義務教育こそが、今の素晴らしい日本を作り上げたのですよ」
 中年教師は拳を握り締め、雄弁に語る。

「今こそ我々教職員が一致団結して、下らない法案を廃案に追い込まなければなりません。さあ、行きましょう。仲間たちが待っています」
 中年教師が言う通り、職員室には大勢の教職員が待っていた。

 彼らは頭に鉢巻を巻いたり、『教育民営化法案、断固反対!』と書かれたプラカードを手にしている。

 一致団結とは、それ以外の世界との隔絶を意味していた。

 

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