ユークリッドの躍動
倉崎 世叛と久慈樹 瑞葉は、ユークリッドの動画の教壇に立つ、教師の人選を進めていた。
「仕方ありません。確かに貴方たちの言い分は正しいし、間違っているのは大人たちの方です。授業を始めましょう」
鳴丘 胡陽は、黒板に書かれた『自習』の文字を消す。
「え~マジかよ」
「今さら授業をしたって、オレたち殆ど何も教わってないんだぜ」
「お前らが勝手にストライキして置いて、勝手に再開すんなや」
「それも正論ね。だったら聞きたくない生徒は、聞かなくていいわ。あくまで聞きたい人だけ、わたしの授業を聞いてくれるかしら」
鳴丘 胡陽は、授業を始めた。
物質を構成する原子や分子などの基礎化学を、丁寧に解かりやすく解説する。
最初は反発していた生徒の何人かは、教科書を開きノートを取り始めていた。
「これは中々に、面白いな。ウチの学校の先生としては、トップクラスの解かりやすさだぞ」
「確かにな、久慈樹。生徒の側に立って、理解し易いように工夫がされてるな」
「これは、是非ともウチにスカウトしたいところだねえ」
「ウチの学校で他に、使えそうなのはいないか?」
「そうは言っても、入学早々ストライキが決行されて、受けた授業は数時間程度だからねえ」
「判断材料が、乏し過ぎる……か」
倉崎は、ノートパソコンで動画の編集をしながら、久慈樹はスマホを耳に充てながら会話をする。
「強いて言えば、歴史分野の枝形……ってところか」
「アイツか。あれはただの歴史マニアだろう。それに、シニカリストだ」
「歴史の教師と言えば、往々にしてそうだろうよ」
「だからと言って、あまり極端では困るがな」
「そこまで贅沢は、言ってられないだろう。ウチも選ばれる側でもあるからね。彼らがボクたちの話を、まともに取り合ってくれる可能性は低いよ」
「まあな。最低限、報酬は相当額をくれてやる必要があるだろう」
「そんな大金を生み出す算段は、あるのかい?」
「現時点で、動画の収益が月に20万、ブログの収入が5万程度だな」
「フム。高校生としては破格の収入ではあるが、最低5倍は欲しいね」
「何か良い策は無いか、久慈樹」
「簡単な話だよ。ネットで、資金を募ればいい」
「今のユークリッドに、出資するヤツがいるか?」
「そりゃあ居るだろうよ。少なくとも動画だけで、20万の収入が得られているんだ」
「その程度の動画クリエイターなど、五万といるぞ」
「彼らはほぼ全員、海外の動画配信サービスを利用しての数字だろう。キミみたいに独自にストリーミングサービスを運営して、20万は立派なモノさ」
「だが、どうやって出資を引き出す。オレが訴えかけたところで、金を出すヤツは少ないだろう?」
「ボクは、そうは思わないよ。騙されたと思って、一度試してみたらどうだい?」
倉崎は、訝し気に久慈樹の顔を見る。
けれどもそこには、いつもの軽やかな笑顔があるだけだった。
「仕方あるまい。言い出したのはオレだからな。騙されてやるよ」
倉崎は、半信半疑で動画を造り、その日のウチに独自契約したサーバーにアップする。
そして僅か一日で、出資額は1700万を超えた。
「まさか、ここまでの金額が集まるとは……予想だにしていなかったぞ」
「そうかい。ボクには、想定の範囲内の数字だったよ」
2人の生徒は、対照的な表情を浮かべる。
「まずキミは、自分のカリスマ性にまだ気付いていない。デカい事業を始める場合、『誰がやるか』が最も重要になる」
「オレに……そんなカリスマがあると言うのか?」
「フフ……ボクはそう思ったから、キミのパートナーになったんだよ」
「気持ち悪いぞ、その言い方」
「怒るなよ、冗談さ。それに『時代の機運』ってヤツもある」
「時代の……機運か」
「今は教育民営化法案が、施行されるかどうかの瀬戸際だ。民間に教育を取られまいと、ウチに限らず生徒をホッポリ出してストライキを決行する学校も少なくない」
「確かに、無責任だよね」
「ストライキは、終わる兆しすら見えませんし」
「わたし達の将来、何も考えて無いじゃん」
「そりゃ民間に移行って話も、出てくるワケだよ」
久慈樹を取り巻く、4人の女子生徒。
彼女たちの意見こそ、最もナチュラルな世論だった。
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