崩壊する学校
「なあ、今度キミの家に招待してくれよ」
サラサラとした髪の男が、唐突に話を切り出した。
「構わんが、招待するのはお前だけだぞ」
ボブヘアの男は、そっけなく返す。
倉崎 世叛と久慈樹 瑞葉、2人が盟約を結んでから3日目のコトだった。
ホットドックを食べながらパソコン作業をする倉崎を、久慈樹は興味深げに眺める。
「当然だよ。ペットをキミの家に上げるなんて、不躾(ぶしつけ)なマネはしないさ」
久慈樹の周りには4人の女生徒がいて、甲斐甲斐しくサンドイッチやおかずを口に運んだり、汚れた指先を口で舐めたりしていた。
「お前もお前だが、ソイツらもソイツらだな」
女生徒たちはクラスの委員長に、テニス部と新体操部の期待の新人、ネットアイドルと、始業式の日に表立って久慈樹に反発していた女ばかり揃っている。
「彼女たちは優秀だよ。少しばかり、寂しいがり屋なだけさ」
「どの口が言う」
「イヤイヤ、ホントさ。ボクは女性を尊敬しているからね」
取り巻きの女生徒たちは食事の世話を終えると、久慈樹の肩や膝に寄り添う。
うっとりとした顔をしながら、寝てしまう者までいた。
「どうだい、可愛いモノだろう。これが彼女たちの、本来の美しささ」
女生徒たちの髪を優しく撫でながら、ほほ笑む久慈樹。
「キミこそ、女という生き物についてどう思うんだい?」
「そう……だな」
倉崎は、屋上のフェンスの上にノートパソコンを広げ、作業をするついでに答えた。
「女は感情的で、物事を論理的に見るコトが出来ない。あまり好かんな」
「論理かい。論理なんてモノに価値があると思っているのは、地球上に数いる生物の中でも、人間の男くらいじゃないかな」
「フッ、確かにただ生きていく為であれば、論理など必要ないのかも知れない。お前の言うように、他の生物は論理など無くとも生き永らえ、子孫を残しているからな」
「だが、世の中を変えるには、それが必要なんだろう?」
「ああ。既存のルールを破壊し、オレのルールに世界を従わせるにはな」
「ククク……キミはボク以上に、エゴイストだねえ」
久慈樹の口元が歪む。
「あ……ああ……」
「ぐるぢ……い……」
両肩に寄り添っていた2人の女生徒の、喉を押えた。
「世界のルールを変え、世界を従わせるだなんて……やはりキミは、最高だよ」
久慈樹は女生徒たちを放り捨て、塔屋へと消えて行った。
「雨か」
ノートパソコンのモニタに、雨粒が当たる。
「オレもそろそろ、切り上げるか……」
屋上には4人の女子生徒と、2つの小さな水溜りが残された。
水溜まりは、やがて降り出した雨によって排水溝へと流される。
鳴丘 胡陽は、窓の外の鈍色の空を眺めながら、廊下を歩いていた。
すると前方から、慌てた様子の教え子たちが駆けて来る。
「貴女たち、ずぶ濡れじゃない。一体どうしたの?」
制服が透き通るくらいに濡れた、4人の姿に驚く新人教師。
「な、なんでも無いです」
「屋上でお弁当食べてたら……」
「雨降って来ちゃって……その……」
モジモジと内股で腿を前後させる生徒のスカートからは、雫がポタポタと落ち続けている。
「だからって、そこまでずぶ濡れに……その首、どうしたの?」
新人教師は4人のうち、2人の首元がアザになっているのに気付いた。
「わ、わたし達、保健室でジャージに着替えて来ます」
「授業、遅れちゃうカモだから……」
「貴女たち、ちょっと……!?」
4人は慌てて、担任教師の前から立ち去る。
教え子の行動に、違和感を感じた鳴丘 胡陽。
けれども彼女が知り得た情報は、たったそれだけだった。
その日の午後の授業は、自習となる。
教育民営化法案施行の阻止を訴えた教職員によって、遂にストライキが決行されたからだ。
鳴丘 胡陽は申し訳程度に顔を出し、各教室を見て回った。
それだけの行為であっても、職員室を出る時には彼女は白い目を向けられる。
「本当にストライキを決行するなんて、民意を敵に回すだけだわ。推進派の思う壺だと言うコトを、どうして気付かないのかしら」
新米教師は憤りを言葉として吐き捨てると、自分の受け持つ教室へと入った。
既に生徒の大半は帰宅してしまっており、教室には数名だけが残る。
その年、従来の学校を基盤とした義務教育は、大きな音を立て崩壊した。
前へ | 目次 | 次へ |