時代の変革期
「倉崎 世叛と久慈樹 瑞葉は、事あるごとに一緒に行動をしていたわ」
鳴丘 胡陽は、白濁としたカクテルをおもむろに見つめている。
「自習中も彼らの行動は決まっていて、倉崎くんがプログラムを組んでユークリッドの動画サイトをブラッシュアップさせ、久慈樹くんがそれをSNSを駆使してアピールしまくったのよ」
「せ、生徒がそんにゃコトをしていて……止めようとは」
アレ、ろれつが回らない。
「先生たちが授業を放棄しているのに、言えるハズが無いでしょう」
確かにそうだった。
「そ、そう言えばそう……レしたね」
ヤ、ヤバい、確実に酔ってる。
もう、お酒を頼むのは止めよう。
「えっと、このロングアイランドアイスティーってのを……」
「貴方、もう止めて置いた方がいいわよ」
「こ、これくあい、ら、らいじょうぶレす」
ん、アイスティーなのに、なんで止めるんだろ?
「ホントに強いのね」
「え?」
ボクの前に、ロングアイランドアイスティーが置かれた。
「特に、久慈樹くんの宣伝が功を奏したのか、あっと言う間に知名度を上げていったわ。取り巻きの女の子たちを、上手く使っていた感じね」
「女性と言うのは、噂だとかに目がありませんからな」
「アラ、マスターも女性の扱いに詳しそうね」
「わたしなどは、口先だけですよ……」
ボクに替わってマスターが、鳴丘先生の話し相手をしてくれている。
「アイスティーを飲んでから……急に……」
意識が、朦朧とする。
妙にフワフワして気分が良い。
ボクはそのまま、寝入ってしまったのだろう。
2人の話を聞いたせいか、高校生の頃の夢を見た。
「え~、今日も自習だ。お前たちには大変、申し訳ないと思っている」
黒板に書かれた、見慣れた『自習』の文字。
「だが今我々は、教育民営化法案と言う悪法に、断固として戦わなければならんのだ」
「オレたちの進路は、どうだって良いんですか、先生?」
「そうは言っておらん。だが、教民法が施行されてしまえば、学校自体が無くなってしまう」
「別に、良いんじゃね。先生の仕事は、黒板に自習って書くだけしよ」
「十年以上も紆余曲折あって、やっと施行されそうな教民法がさ」
「今さら破棄されて、学校教育が復活する方が困るぜ」
「オレたち、全然勉強してねーしな」
「でも、教育は民間に移行されるんでしょ」
「それって、お金のかかる熟に行ける人が、断然有利じゃない」
「そーそ。結局、国家試験って形で、学力は評価されるんだから」
「そうだぞ、お前たち。学校教育こそが、日本の国力を支える、優秀な人材を生み出して来たんだ」
「そうでもねーだろ。実際、日本のスマホなんて、世界で殆ど売れねしな」
「何を言っておるか。例えスマホ自体は外国産であっても、内部パーツは……」
「韓国産だろ。日本の半導体が強い時代なんて、とっくに終わっているよ」
確かにスマホの内部パーツ使用率でも、トップシェアは日本では無い。
世界を見ても、韓国や中国に市場を席捲され、日本のスマホのシェアなどごく僅かだ。
「大体さ。SNS分野じゃ、日本のサービスなんて皆無だろ」
「プラットホームを、海外に奪われてんだぜ」
「あ、あんなうわ浮いたモノなど、なんの価値がある。現実を見ろ、現実を」
「アンタ、馬鹿っスか」
「SNSは現実に存在し、生み出した企業に莫大な利益をもたらしているんスよ」
「大量生産の頃の、物造りの為の学校教育なんか意味ねえっつーの」
「きょ、教師に向かって、馬鹿とは何だ」
「教民法が通れば、アンタその辺のジジイだろ?」
「あ~、さっさと通んねえかな、教民法」
その頃の教室は、何時もざわついていた。
ボクの夢は、教師になるコトなのに、それを否定する意見ばかりが周りから聞こえて来る。
「学校教育が無くなれば、困るのはお前たちだ。教育も受けずに社会へ出て、どうやって……」
「アンタ、『ユークリッド』って知らないの」
「な、なんだ、それは?」
「授業動画を、ネットで無料で流してるんだ」
「無料などと……そんなレベルの低い動画を見たところで……」
「イヤ、アンタの授業の何千倍も解り易いぜ」
ボクはその時、始めてユークリッドと言う名前を耳にした。
高校二年の、夏の出来事だった。
前へ | 目次 | 次へ |