真相
「確かに、それはあるね」
久慈樹社長は、ボクの追求をあっさりと認める。
「面白そうなキャスト(共演者)を集められたと、満足しているよ」
ユミアや以外の初期メンバー……つまりは、久慈樹社長の集めた天空教室の女のコたちは、親が教民法やユークリッドの台頭によって職を失ったり、家庭が崩壊し生き詰まった子ばかりだった。
「あえてそんな境遇の子たちを、選んだんですよね?」
「勿論(もちろん)だとも」
鈍色に変った空の雲間から、ポツポツと雫が落ちて来る。
楽園のように見えた教会の墓地も、今は少しモノ恐ろしさを感じさせた。
「そんなコトはキミも、とっくに承知のハズだが?」
「はい。それに彼女たちも、半強制的に納得させられています」
「棘のある、言い方だな」
若き実業家は涼しい顔のまま、白い墓の立ち並ぶ墓地を歩く。
「時代の被害者と言うのは、常に居るものさ。反対に、時代の波に乗った勝者も居る」
「それがアナタや、ユークリッドだと仰るんですね」
「まあね。少なくとも、世間の認識はそうだろう」
ボクの肩をポンと叩き、再び倉崎 世叛の眠る墓標の前に立った。
「教民法……教育民営化法案が国会に提案された当時、ボクもコイツも何の権力も無い子供だった」
「教民法については、自分たちの責任では無いと?」
「それはそうだろう。元々教民法ってのは私学や専門学校、塾だのが、自分たちの利権やマーケットを拡大したいが為に、ゴリ推ししていたモノだ」
当時の大人たちの思惑も、理解していた久慈樹 瑞葉。
「かつて、鉄道や郵便、電話などが民営化されても、マーケットは縮小するどころか発展した。そのロジックを、教育にも当てはめたのさ」
「安齋総理も、そんな連中のバックアップを受けていたんですかね」
「当然じゃないか。そうじゃなきゃ、あんな変人が総理をやれているハズが無い」
ニヤリと微笑んで、墓の巻石に腰かける。
「だが時代は、ヤツらの思惑通りには動かなかった」
空から堕ちる水の粒は、次第に量と大きさを増していた。
「コイツは、ヤツらから時代の勝者の地位を、かっさらって行きやがった。ネットを使って無料で完全なる教育動画を流し始めたユークリッドは、見る見る巨大企業へと成長を遂げ、利権拡大を目論んでいた私学や専門学校の方が、駆逐されて行ったのさ」
コイツとは言うまでも無く、倉崎 世叛に他ならない。
今は白い墓の下に眠る彼は、あらゆる概念を破壊した天才実業家だと思っていた。
「結果的に……そうなったと見るべきでしょうか?」
「フフ、少しはこちら側の観点も、理解できた様じゃないか」
久慈樹社長は、言った。
例えば大型ショッピングモールの経営者は、近所の商店街を潰したいが為にショッピングモールを建てるのだろうか?
実際のところ、そんなハズも無く、結果的にそうなってしまうだけなのだろう。
「まあ、全てが計算ずくだったワケじゃないが、上手く時代の波に乗れたのは確かさ」
「ユークリッドが、既存の学校教育を破壊したと言うのは、世間やマスコミが作り上げた妄想でしかないのでしょうか……」
「そこまで、無責任にはなれんさ。実際にそうなったのも、事実だからねェ。それに、ヤツらの造ったキャッチコピーに、乗っかったってのもある」
「キャッチコピー……『ユークリッドが、既存の学校教育を破壊した』?」
「そうそう、ソレ。倉崎は否定しようとしたんだが、ボクは乗った方が面白いと思ったんだ。だって、中々のインパクトだろ?」
実業家や経営者の目線は、ボクとはあまりにかけ離れていた。
「では、天空教室をユークリッドがやる、意味とは何でしょうか?」
ボクは、一番聞いて置きたかった質問をぶつける。
「言ってみれば、壮大なる『実験』かな」
久慈樹 瑞葉は、天使のように微笑んだ。
前へ | 目次 | 次へ |