戦争の終局
軍事企業国家、トロイア・クラッシック社の主星であるパトロクロスは、直径が120キロクラスの巨大な小惑星だ。
内部はくり抜かれ、内側に大規模な街が造られており、各所に宇宙港が存在する。
この小惑星は、メノイティオスと呼ばれるほぼ同等の大きさの衛星を有しており、2つの星は軌道エレベーターで結ばれていた。
「イーピゲネイアさん……どこに居る。弓を手に入れられてからじゃ、厄介だぞ」
狩りの女神が再び弓を手にする前に、何とか決着を付ける必要がある。
「とは言え、小惑星はあまりに巨大だ。なんの手がかりも無く敵を見つけるのは、至難の業だぞ」
するとゼーレシオンの触角が、仲間の声をキャッチする。
「艦長、聞こえる。聞こえるなら返事をして」
「ああ。聞こえてるよ、トゥラン。みんな無事か?」
「お陰様で全員無事ですよ、おじいちゃん!」
「いつ爆発するかって冷や冷やしたケド、何とか艦まで辿り着けたぜ」
「サンキュー、艦長……」
「わたし達が生きてるのも、艦長のお陰だよ」
「そうか、良かった」
ボクは、セノンや真央たちの元気な声を聴き安心する。
「テメー1人残しちまって、悪かったな」
「娘たちは大丈夫か、プリズナー」
「相変わらず、過保護な『親』だな。残念ながら全員、生きてやがるぜ」
「艦隊戦は、もう直ぐ終わりそうね。ヴェルダンディさんが、相手艦隊のコードを読んでハッキングに成功したのよ」
「ヴェルが?」
『はい、艦長。漆黒の海の魔女が使ったコードを、解析しました。現在、トロイア・クラッシック社の2個艦隊と、グリーク・インフレイム社の2個艦隊が、艦長の管制下に置かれております』
「キミの管制下の間違いだろう、ヴェル」
『わたしは艦長の意に従う者。よって艦隊は、宇宙斗艦長の指示通りに動かせます』
「つまり、4個艦隊を無傷で味方にしてしまったのか」
『いえ、艦隊の損壊率は12パーセントに達しております。残念ながら無傷で鹵獲(ろかく)するには及びませんでした』
「それにしたって、とんでもないチート能力だな」
「それで艦長。どうすんだ、この艦隊をよ」
「どうって……」
「今のアンタは、巨大軍事企業がせっせと造った6個艦隊を、所有しているんだぜ」
当初は友好的な交渉が目的だった為に、漆黒の海の魔女によってハッキングされた2個艦隊は、この宙域には連れて来なかった。
けれども、イーピゲネイアに煽動されたアーキテクターたちが人間に対する反乱を起こしたコトで、MVSクロノ・カイロスは艦隊戦を余儀なくされ、救援のためにヴェルが呼び寄せていたのだ。
「ま、これだけの戦力があるなら、巨大帝国でも築けそうなモンだが、アンタはそうしないんだろ?」
「ボクが皇帝に見えるかい。そんなつもりは無いよ」
『艦長、指示をお願い致します』
「指示?」
『我々の、直近の対処方法です』
「要は、このままパトロクロスを攻めて、アーキテクターどもの反乱を抑え込むのか、我関せずと、とっととこの宙域から離脱するかだぜ」
「このまま離脱したら、パトロクロスの人たちはどうなる?」
『人間はインフラやライフライン、生命維持に至るまで全て、アーキテクターやAIに依存しております。人間がアーキテクターに勝てる可能性は、ゼロです』
「予想通りの答えだよ、ヴェル」
優秀なAIに聞くまでも無く、ボク自身も同じ結論を導き出していた。
「それでどうするんですか、おじいちゃん」
「ここまで関わったんだ。アークテクターたちの反乱を抑え込む」
「クク。トロイア戦争も、いよいよクライマックスってところか」
ボクが宇宙を見ると、MVSクロノ・カイロスに率いられた6個艦隊が、トロイアの砦を包囲しようと近づいて来ていた。
「これだけの戦力差だ。トロイの木馬なんて、面倒クセー策略を使うまでも無く堕とせるぜ」
「いや、プリズナー。ボクは、トロイの木馬を使おうと思う」
「アン……なに言ってんだ、艦長」
「出来る限り、被害を抑えたい。人間もアーキテクターも、これ以上争う必要なんて無いんだ」
「オイ、まさかテメー」
「お、おじいちゃん!?」
「ボク自身がトロイの木馬となって、イーピゲネイアさんと会ってみるよ」
ゼーレシオンは、宇宙港の一つに脚を着けた。
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