倉崎のノート
次の日、ボクは自分の高校である曖経大名興高校から一キロくらいのところにある、『赤羽根商業高校』の校門の前をうろついていた。
うわあ、どうしよう。緊張してきたぁ。
でも昨日、あんなスゴイものを見せられたんだ。
ボクだって、頑張らなきゃ!
意気込みとは裏腹に、足が一歩も踏み出せない。
「なんだぁ、アイツ?」
「さっきからずっと、ああやって突っ立てるぞ?」
「隣の高校の制服よね?」「ウチに、何か用かしら?」
「でもけっこーイケメンじゃん」「カッコいいかも」
ボクの周りを、校門から出てきた生徒たちが通り過ぎて行く。
どうしてボクが、赤羽根商業高校なんかに来ているのか?
実は倉崎さんから、ある指令を受けてのコトだった。
昨日、テレビで鮮烈な倉崎さんのデビュー試合を見て、興奮覚めやらぬ時だった。
「アレ。スマホにメール……って、倉崎さんからだッ!?」
ボクは、奈央や母親に見つからないように、こっそりと家を抜け出す。
慌ててメールに指示してあった、近所のコンビニに向った。
入店音を聞きながら時計に目をやると、すでに十時を周っている。
七時キックオフの試合が終った後だから、当然か。
「よお一馬、来てくれたか」
不思議な感覚がした。
ボクを手招きして呼び止めたのは、一時間の時も経ない前に、カメラのフラッシュと集まったサポーターの声援を、一身に浴びていた人なのだ。
「悪いな、こんな遅くに呼び出して。おごるから、何かテキトーに買えよ」
「……は、は……い」
強張った顔のまま無言で、オレンジジュースとツナの挟んであるパンを買う。
フードコートには、サングラスをかけた倉崎さんが待ち構えていた。
「実はお前に、渡しておきたい物があってな」
「わッ……わわ、わた……モモモ……ノ?」
「オイオイ、そんなに緊張すんなよ」
「ス、スミ……セ、セン」
これでも普通の人に対してよりは、喋れている方だったりする。
でも、ボクの会話スキルの基本値は、あまりにも低かった。
「まあいいか。それがお前の個性なんだから」
さらりと言った倉崎さんの言葉に、ボクは救われた気になる。
「で、渡したい物ってのは、これなんだ」
テーブルに差し出されたのは、小さなノートだった。
こ、これは……何が書いてあるんだろ。
サッカーの戦術や技のコトかな?
「まあ、見てくれよ」
置かれたノートを凝視していると、倉崎さんが言った。
え~っと、ど、どれどれ。
選手の名前と、プロフィール……。
それに、何枚かの写真まで貼ってある。
ノートには、選手それぞれの顔やユニホーム姿の写真、学歴の他にも、プレイスタイルなんかも書いてあった。
「実は、この地方の目ぼしい選手を、ピックアップしてみたんだ。といっても全員、お前と同い年の高校一年だケドな」
ホントだ。
ボクと同じ、高校一年ばかりだ。
「高校三年にもなると、流石に進路とか将来とか真剣に考えるだろ? 高校一年くらいなら遊び半分で、付き合ってくれるかもって思ってな」
「……あ、遊び……?」
ボクは少し、残念な気持ちになる。
「ああ、サッカーってのは遊びだ。プロもアマチュアも関係なくな」
倉崎さんは、サングラスを外しながら言った。
「遊びであるサッカーを、金を貰って真剣にやるのが『プロ』って呼ばれる連中だ」
ボクは倉崎さんを見た。
やっぱボクとは、体格が違う。
身長はそこまで変わらないと思うケド、引き締まった筋肉とか体幹が、プロフェッショナルなのだと実感させる。
「オレも、サッカー選手であると同時に、サッカーチームのオーナーなんだ。オーナーとして、入ってきた連中には、真剣に遊んでもらうつもりだぜ」
倉崎さんの瞳は、試合のときと同じように真剣だった。
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