マイクロバス
「なんか今日のセルディオス監督、メチャクチャおっかないな」
黒浪さんが言った。
「これからデッドエンド・ボーイズは、地域リーグからより上のカテゴリーのリーグを目指して戦って行くコトになる」
サングラスを外し、集まったメンバーに語りかける倉崎さん。
「オレたち以外にも、同じ志を持つチームが参戦している。全てのチームがプロを目指しているワケではないが、そんなチームでもサッカーにプライドを持って挑んで来るハズだ」
「オレたちも、気を引き締めないと行けないってコトっスね」
「確かにフットサル大会でも、自分の未熟さを思い知らされたであります」
「うわ、なんかオレさま。メッチャ緊張してきた」
「なんや、だらしねえやっちゃな。プロなら緊張も、愉しむモンやで」
「ケッ、口では何とでも言えるよな」
「ワイの実力は、試合でたんまりと見せてやんよ、愉しみにしとき、ピンク頭」
紅華さんも、金刺さんも、普段より闘争心を剥き出しにして来てる。
「監督、ワイを使ってくれや。結果、出したるでェ」
「イヤ、出るのはオレだろ。勝ちたいんならよ」
「なら、どっちっも使うね」
「なんだよ、あっさりしてんなあ」
「プロとして、自分を出せとアピールする、大事なコトね」
「ハイハイ、オレさまも出たい出たい出たい!」
「お前は子供か!」
ボ、ボクもアピールしないっと!
「一馬も、無言で圧力かけんな」
「アピールの仕方も大事よ、クロ、カズマ」
……うう、やっぱり?
「試合は午後からだ。相手方のホームグランドで行なう」
「ウチはまだ、ホームさえ決まってませんからね。それで、今から移動ですか?」
「そうだな、柴芭。大した距離じゃないから、地下鉄で行けるが……」
「おう、車なら任せておけ」
小さな赤い車の、持ち主が言った。
「なに言ってやがる。そんなちっこい車に、10人も載せて来やがって。お前は道交法から学んで来い」
「そ、そりゃねえだろ、江坂!?」
「オレの車でも、6人が定員だ。全員は、乗っけられねえぜ」
「ま、地下鉄で移動するしか無いっしょ」
「イヤ、紅華。海馬さんに、お願いするつもりだよ」
「オイオイ、雪峰。どう考えたってムリだろ」
「心配はいらんさ。そこの堤防の向こうに、中古のカーディーラーがあるだろ」
「ひょっとして倉崎さん、車を買ったんスか?」
「まあ……な」
「そんじゃオレは、そろそろ退散するわ。倉崎、海馬のコト、頼んだぜ」
「はい、江坂さん」
「なんでオレが、高校生に頼まれなきゃならんのだ!」
江坂選手と別れたボクたちは、それから全員でカーディーラーへと向かった。
「正直、プロになって初めて買う車が、マイクロバスとは思わなかったぞ」
マイクロバスの前で、腕組みする倉崎さん。
確かにプロサッカー選手ってみんな、スポーツカーとか買ってそうだよね。
「でも、いくらマイクロでもさ。バスを買うなんて贅沢過ぎないか、キャプテン?」
「イヤ、黒浪。移動のたびに、チームやスタッフそれぞれが交通費を支払うコトを考えると、長い目でみればマイクロバスを買った方が、安く付く」
「先行投資っちゅーやっちゃな。それに、税金対策にもなりよるしな」
「減価償却も考えてはいるが……利益が出せればの話だ」
金刺さんも、雪峰さんも、難しい言葉知ってるよね。
「ところで倉崎さん、免許は取ったんスか?」
「イヤ、プロになってから遠征続きで、車校に通うヒマが無くてな」
「……ってか倉崎さんって、高校生だろ。免許なんて取れるのか?」
「高3になれば、取らせてくれる学校もあるだろ。工業高校とか特にな」
「ウム。18歳の誕生日を迎えたときに、仮免が取れるように調節するらしい」
「ですが今回は、海馬さんに運転手をお願いしたいと思っています」
「オレがか。まあ中型免許も持っているし、構わんが」
「もちろん、賃金はお支払いいたします」
「ゲゲ、マジかよ雪峰」
「なにがゲゲ……だ、紅華。オレが職を得るのが、そんなに不満か!」
「だってコーチのアイデンティティーが、無くなっちゃいますよ」
「黙れ、このヤロウ!」
紅華さんと海馬コーチが揉めていると、店の中からおじいちゃんの店員が出て来た。
「あ、デッドエンドのみなんさんですね。取り寄せておいたマイクロバス、どうです?」
「有難うございます、内山さん。思ったより、状態がいいですね」
「なあ、じいちゃん。これ、何人乗れるんだ?」
「運転手を合わせて、29人ですね」
「そっか。まだまだ、全員余裕じゃん」
オーナーの倉崎さんに、ボクと雪峰さん、紅華さん、黒浪さん、杜都さん、柴芭さん、金刺さん。
それにセルディオス監督と海馬コーチ、新たに加わった10人を加えてもまだまだ余裕だ。
20人のメンバーを乗せたマイクロバスは、軽快に道路を走り出した。
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