魔術師の失敗
「なあ、セルディオスさん。誰も居ないんだケド……」
黒浪さんが言った通り、芝生には誰の姿も無かった。
「フフ、それはどうでしょ~か」
「どこをどう見たって、誰も……おわッ?」
何もない場所から、サッカーボールが……って、アレ?
「イッテェ~、いきなりボールが横から飛んで来たぞ!」
側頭部にボールをぶつけられ、怒っている黒浪さん。
「なあ、監督。柴芭のヤロウなら、そこのベンチのゴミ箱に隠れてんじゃねえのか?」
紅華さんが、ベンチ横のゴミ箱を指し示す。
「なに言ってんだ、ピンク頭。柴芭が、こんなところに居るワケねえじゃん。ゴミ箱の向こうだって、誰も……うわあ!?」
ゴミ箱の向こうから現れたのは、本当に柴芭さんだった。
「ヤレヤレ、キミには見抜かれてしまいましたか」
「残念だったな、ヘッポコマジシャン」
「可愛げの無い観客ですね、キミは」
「オ~、ソッチに居たのですね、シバ」
「セルディオスさん、せっかくのマジックが台無しじゃないですか」
「フォイ・セン・ケレール(ワザとじゃないよ)、柴芭」
「ワザとじゃなくたって、ちゃんと謝って下さいよ」
柴芭さんは、セルディオスさんのポルトガル語を、理解してるみたいだ。
「なんで柴芭がここに居るんだ……ってか、ゴミ箱は金属の網目だよな。向こうに誰も居なかったぞ?」
「ウム、確かに誰か隠れていれば、直ぐに気付くと思われるのだが」
「そうそう。マジックの観客には、彼らの様な素直な反応が求められるのですよ」
「ケッ、バカバカしい。大方ゴミ箱の向こうに、合わせ鏡でも仕込んでやがったんだろ」
「キミは本当に、可愛げが無いですね」
「なあ、どうやったら鏡で人が消えるんだ?」
「迷彩服を、装備しているワケでもないのに」
「スフィンクスなどと呼ばれる、古典的なマジックですよ」
「つかお前、この暑いのにずっとそこで、隠れていたのかよ?」
「誰かの長話のお陰でね」
「ま、まあまあ。チョット紹介遅れただけね」
慌てて話題を変えようとする、セルディオスさん。
「今さら自己紹介も無いと思うケド、ボクの名は柴芭 師直」
魔術師の何も持っていなかった手から、カードが扇のように展開する。
「彼は今日から、デッドエンド・ボーイズの一員になるコトになった」
雪峰さんが、マジシャンに向けてユニホームを投げた。
そこには、背番号8の文字が刺繍されている。
「Nice to meet you(よろしくお願いします)」
柴芭さんは、カードの扇から1枚のカードを抜き取った。
カードには、赤いローブの男が書かれている。
「魔術師のカードねえ。ストレート過ぎやしないか?」
「運命とは、そんなモノです。キミも、ラヴァーズ(恋人たち)の暗示からは、逃れられなのですよ。心当たりは大いにあるでしょう?」
「ね、ねぇよ、ンなモン!」
「ウソつけ、ピンク頭」
「黙れ、ザ・フール(愚者)!」
いつも通り、ケンカを始めてしまう2人のドリブラー。
「それにしても、セルディオス司令が言う三人目のボランチとは、柴芭士官のコトだったのだな」
「このチームでのキャプテンは、雪峰くんですよ。ボクはただの隊員さ」
「それで良いのか、柴芭。実力的に言えば、今のオレよりもお前の方が……」
「問題ないよ、キャプテン。それにキミとボクは、タイプが違う。優劣を比べるモノじゃない」
「ところで、穴山隊員たちも一緒なのか?」
「彼らはまだ、中学生ですからね。自分たちの中学のサッカー部に戻りましたよ」
「そっかあ。アイツらが居りゃあ、チームも一気に9人になったのにな」
「まあ6人集まって、監督も一応は出来たただけでも、良しとすべきじゃね」
「監督を何だと思てるね、紅華」
「実はそのコトなんだがな。フットサル大会に参加していたチームが、オレたちの活動に興味を示してくれた。今からそのチームと、会う約束になっている」
デッドエンド・ボーイズは、一気にその規模を拡大しようとしていた。
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