ヘッドコーチ
「それにしても、見事に負けてしまったモノだな」
デッドエンド・ボーイズのキャプテンの、雪峰さんが言った。
ボクたちはあの日、チェルノ・ボグスに0-12の大差をつけられ、敗れてしまう。
それから既に、3日が経過していた。
「前半の時点では、0-2だったんだ。行けると思った矢先にアレ、反則だろ」
河川敷の土手に寝転がって、チョコレートをバリバリ食べながら愚痴る、黒浪さん。
ボクも試合の前半を終えた時点では、まだまだ行けると思っていた。
「なにが反則だよ、アホ犬。アイツはオレらと同じ、高1だぞ」
黒浪さんの前に立ち、顔にボールをぶつける紅華さん。
「そいつ1人に後半だけで、10点も獲られちまったんだ」
10回もゴールを割られてしまった、ボク。
『死神』と呼ばれるその人が、撃ち抜くシュートは並大抵の威力じゃなかった。
「……ィッテー。アレでホントに同い年かよ。メチャクチャ身長高かったぞ」
「情報では、身長197センチ。フィジカルもプロ並みだ」
「あの鍛えられた筋肉。しなやかさと強靭さをあわせ持った、理想の肉体と言っていいだろう」
ウチで最もフィジカルの優れた、杜都さんすら認める強靭な身体。
それに加えて、ドレッドヘアの長髪が、死神としての威圧感を高めていた。
「しっかし、負けちまったのも仕方ねえか。相手の主力は、高3なんだしよ」
紅華さんが、黒浪さんの顔にぶつかったボールを救い上げ、リフティングを始める。
「まあそうだよな。ウドの大木だっけ?」
「三木一葬(さんぼくいっそう)だ、黒浪」
「そう、それそれ……って、一体、なんなんだよ、三木なんちゃらって?」
「三木一草とは本来、後醍醐天皇が自身の窮地を救った者たちに与えた、俗称だ。楠木正成、結城親光、名和長年、千種忠顕の4名を指し、前の3人は名前や官職に『キ』の字が入り、千種の『クサ』と合わせて三木一草と呼ばれたそうだ」
言われてみれば、葛埜季さん、勇樹さん、宝木さんは名前に『キ』が、智草さんは草が入ってる。
「最後の草が、『葬』の文字に変わっているのは、智草 杜邑のとむらを、『弔う』=葬儀とかけたモノらしい」
「そんな言葉遊びの知識を、今さら知ったところでどうなる」
華麗なる切り返しで、ボールを自在に操る紅華さん。
「ヤツらは冬の大会やプロ入りに向けて、準備の真最中だろうしな」
「オレさまたちはどうする。フットサルはギリギリ出来ても、サッカーが出来る人数は集まってないぞ」
「今日は倉崎さんも、横浜遠征で居ないしな。何か練習方針は決まっているのか?」
自由奔放な2人のドリブラーが、雪峰さんを見る。
「ウム、実はあの日の試合の後に、ある方にコーチを依頼して置いたんだ」
「コーチって、お前じゃなくて?」
「オレはキャプテンではあっても、監督では無いからな」
「オレさまはてっきり、倉崎さんがヘッドコーチなのかと思ってたぜ」
「倉崎さんは、代表取締役……言わば社長だな」
「で、誰なんだよ。コーチって?」
「なあ、もったいぶらないで教えてくれよ」
すると、河川敷にある屋根の付いたベンチに寝転がっていた人が、ムクッと立ち上がる。
「オイオイ、コーチを頼んだのってまさか」
「あの腹……オレさまも解っちゃった」
その人の豊満な腹を見れば、一目瞭然だった。
「ヘ~イ、もう少し有難がるね。せっかく暑い中、コーチやらされるのにね」
その人は、膨れた腹をタップンタップン揺らしながら歩いて来る。
「セルディオス・高志さんだ」
「イヤ、見れば解かるから」
「つか、なんでおっちゃんなんだよ?」
「おっちゃん、違うね。ヘッドコーチ、呼ぶね」
「セルディオスさん、コーチのライセンス持ってんのかよ?」
「ガンバって取りま~した」
「お前たち、失礼だぞ。セルディオスさんはかつて、プロリーグが創られる前の日本のリーグで、勇名を馳せた方だ」
「だけどそんなブヨっとした腹で、サッカーできのかよ?」
「ヘ~イ、紅華。アナタのボール、今どこですかぁ?」
「はあ、そりゃここに……って、アレ!?」
紅華さんがリフティングをしていたボールが、消えている。
「ボール、ここね。油断大敵よ」
ボールは、セルディオスさんの足元にあった。
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