ラノベブログDA王

ブログでラノベを連載するよ。

王道ファンタジーに学園モノ、近未来モノまで、ライトノベルの色んなジャンルを、幅広く連載する予定です

この世界から先生は要らなくなりました。   第05章・第12話

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紫色のドレスの女

「お久しぶりです、鳴丘先生」
 ボクは、乗って来た女性に挨拶を返す。

 彼女は、名前を鳴丘 胡陽(なるおか こはる)と言って、まだ教民法が施行される以前、あの倉崎 世叛や、久慈樹 瑞葉を担任として受け持った人物だ。

「今はキミも、立派な先生ね。そんな顔になって来てるわ」
 先生の顔……って、どんなだろう。
エレベーターのガラスに目をやるが、平凡で見慣れた顔に見返された。

「先生も、今から帰るところなんですか?」
「いいえ、わたしの住まいはこのマンションよ。夜の街に、用があってね」
「お酒を嗜まれるんですね」

「言って置くケド、枝形みたいな赤提灯じゃないわよ」
「解ってますよ。先生に赤提灯は、流石に似合いませんから」

 彼女は相変わらずグラマラスなプロポーションで、今は紫色のドレスを優雅に着こなしている。
鳴丘 胡陽と並べたら、大人びたアロアとメロエでさえ、子供っぽく見えてしまうだろう。

「どうかしら、キミも付き合わない?」
「ス、スミマセン。せっかく誘っていてだいたのに申し訳ないのですが、今月は家を契約したり色々と出費がかさんでしまって……」

「いいわよ、わたしが奢るから」
「そ、そんな。女性に奢らせるワケには」

「キミの年でも、男尊女卑はあるのかしら?」
 紫色のドレスの女性は、ピンク色の髪を手櫛で梳かしながら言った。
大きく開いた胸元に、言葉も出ないでいると彼女はクスクスと笑い始める。

「可愛いわね、キミ。そんなに高いお店じゃないから、気にしないでいいわよ」
「そ、それなら割り勘で」
「真面目ね。まあいいわ、それじゃ行きましょうか」

 会話が区切られたところで、エレベーターは地下駐車場に辿り着きドアが開いた。
地下駐車場には、1台のタクシーが既に止まっている。

「最近じゃマスコミが多過ぎて、オチオチカフェにも行けないわ。困ったモノよ」
「そう言えば最初に会ったのは、ここの近くのカフェでしたよね」

 鳴丘 胡陽は運転手に行き先を告げ、優雅に乗り込んだ。
ボクもその隣に、慌てて座る。

「あ……!」
「どうしたのよ、急に」
「このままマスコミの前を通り過ぎるのは、マズイかと……」

「それもそうね。キミ、動画じゃケッコウ人気だし」
「え、ボクって人気あるんですか。てっきり、デスられてるだけとばかり思ってました」

「SNSを見て無いの。確かにアンチコメのが多いケド、女性には人気あるみたいよ、キミ」
  すると彼女は、ボクの頭の後ろの左腕を回し、頭ごと自分の腿の上に持って行った。

「うわあ、な、なんでいきなり!?」
 とつぜんヒザ枕状態にされて、パニックになる。

「これであなたの姿は、マスコミのカメラには映らないでしょう?」
「それは……そうですが……」
 彼女の腿に自分の息が当たらないよう、必死に呼吸を浅くした。

「彼らもヒマね。こんな時間まで、世間にばら撒く話題造りの為に大変だコト」
 鳴丘 胡陽は、足を組み直す。
ボクは、彼女の腿の温もりと、香水の香りでパニックになる他なかった。

「そ、そろそろ、起き上がっても大丈夫ですか?」
「どうかしらね。わたしが彼らの立場だったら、タクシーの進行ルートにも記者を潜ませておくわ」
 何故だかその言葉に、喜ぶ自分がいる。

 それから10分くらい走ったところで、ボクはやっと身体を起こすコトが出来た。
更に10分走った場所で、タクシーはボクたちを降ろし走り去る。

「もっと繁華街かと思ってましたが、こんな場所にお店があるんですか?」
「フフ、隠れ家的なお店なの。路地裏にあるわ」
 鳴丘 胡陽に案内されて路地を歩くと、看板だけ『朧月夜』と描かれた一軒家があった。

「さて……と。入りましょうか」
「は、はい」
 和風の引き戸をガラガラと開けると、洋風のバーが姿を現した。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
 バーカウンターの中のマスターが、さり気なくメニューを差し出す。

「ここは昼間はコーヒーを出してて、夜はカクテルを出しているの。生ビールは置いてないわ」
 とりあえず生……と言おうとした矢先に、釘を刺された。

「わたしは、ギムレットをお願いね」
「そ、それじゃあ、スクリュードライバーを」
 とりあえず、聞き覚えのある名前を頼んでみる。

「あなた、お酒は強いの?」
 彼女は、微笑んだ。

 まだ、酒を飲めるようになって数年のボクに、彼女の言葉は理解できなかった。

 

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