襟田 凶輔(はかまだ きょうすけ)
「裁判は、これ以上続かない……原告側の少年たちが、起訴を取り下げるというコトでしょうか」
「実際には、彼らの意志と言うよりも、親の意志でしょうなあ」
「親が、世間体を気にしたと?」
「そうなりますな。例えば件(くだん)の襟田 凶輔の親は、有力な県会議員ですからな」
「こちらとしても、訴えが取り下げられられるのは有難い限りです。あの子たちがこれ以上、傷つかなくて済みますから」
「弁護士のわたしとしちゃあ、困りモノなのですがね」
瀧鬼川 邦康弁護士は、スーツのネクタイを締めなおしながら言った。
「このまま引き下がったとあっては、弁護士としての経歴に傷が付く。今後の仕事にも、支障をきたす恐れがありますからな」
「テメーの経歴なんざ、知ったコトか。クソ弁護士が」
ボクの背後から、急に低い声が響く。
「元はと言えばテメーが、親父にすり寄って、強引に訴えさせたんだろうが」
振り返ると、真っ白な髪の男が立っていた。
「絶対勝てると啖呵を切って、ユークリッドにケンカ売った挙句、返り討ちにされちゃ世話ねえぜ」
男は、シアの病室に行く途中でぶつかった、襟田 凶輔に他ならない。
「それは聞き捨てなりませんな、御曹司。今回の裁判、御曹司のご友人が、不用意に動画をネットにアップしなければ、間違いなく勝てたのですよ」
「知ったコトかよ。そりゃあ、クズ男がやったことだ」
「どうして自分たちの犯罪行為を、世間に晒すような愚かな行為を……」
「アイツ、プロキシを何個か経由させりゃあ、素性はバレないって言ってやがったぜ」
「位置情報が乗った動画をアップすれば、素性をバレなくしたところで何の意味も無い。子供の浅知恵と申しましょうか」
「文句なら、クズ男に言ってくれや。それよりこの兄ちゃん、さっきぶつかったヤツじゃねえか?」
「ええ。何を隠そう、ユークリッドの天空教室の担任教師ですよ」
「コイツが……?」
蛇のような眼が、ボクを睨みつける。
「ずいぶんと、気の抜けた顔をぶら下げてやがるが、コイツがあの『美乃栖 多梨愛』の担任教師ってワケかよ」
襟田 凶輔は、口元に不気味な笑みを浮かべながら言った。
「キミは、タリアのコトを……恨んでいるのか?」
「まあな。アイツの蹴りで、顎にヒビ入ってんだ。つい、スカートの中に目が行っちまってよ。避けられなかったぜ」
「確かに、タリアはキミやキミの友人に対して、加害者でもある。だけど、元はキミたちが、テニスサークルの少女たちを…………」
「ああ、あのガキ共か。正直オレは、なんの興味も無かったんだがよ。高架下を通った時、偶然向こうから歩いてきた小娘の集団に、アイツラがちょっかい出しやがったんだ」
「けれどキミは、友人が少女たちの下着を撮影するのを、止めようともしなかった?」
「そりゃそうだろ。しょせん男なんてのは、エロい生き物なんだからよ」
「御曹司、あまり余計な事をベラベラと……」
「その御曹司っての、止めろ。オレは親父の会社を継ぐ気もねえし、親父も継がせる気がねえから部下に任せたんだろ」
そう言いながら、白い髪の男は拳を振り抜く。
弁護士の横髪が、パラっと切れて宙に飛び散った。
「美乃栖 多梨愛……良い女だったぜ。なあ、先生よォ?」
「キミは、タリアにまだ恨みを……!?」
「あんな女は、そうは居ねェからよ」
「タリアに近づくのは、止めてもらえないだろうか」
「なんでオレが、テメーの願いを聞かなくちゃなんねえ。ユークリッドのお陰で、リアルバレして引っ越したヤツらだって、居るんだぜ?」
男は、長く白い髪を和風の櫛で梳かす。
「ぜってーオレは、タリアを孕ませてやる。ケケケ」
襟田 凶輔の髪は、右側だけ真っ赤に染まり、歌舞伎の連獅子のようになった。
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