淑女(レディ)
公園のベンチから跳ね起きたボクの前に、真っ赤な長髪の男が立っている。
「袴田 凶輔(はかまだ きょうすけ)……ど、どうしてここに?」
口に出して直ぐに、尾行していた相手に、言えたコトかと思った。
「そりゃあ、こっちのセリフだぜ。なんでアンタらがここに居るかは、なんとなく想像が付くがよ」
ニヤリと笑う、袴田。
「な、なんでわたしが、先生の生徒ってバレちゃってるワケ!」
動揺してスルーしてしまっていたが、襟田は変装した黒髪のユミアを、ボクの生徒と呼んだのだ。
「アンタら前に、噂になってたじゃねェか。どうやら週刊誌の記事やゴシップ番組ってのも、まんざらでも無いらしいな」
「ど、どど、どうしてそうなる。彼女は、ボクの生徒の1人であってだな……」
「せ、先生は、先生よ……それだけなんだから!」
「ヘェ、そうかい。ま、オレには、どうだってイイことだがな」
論理的に返せてないと思ったが、袴田は納得する。
「タリアは、どうした……」
「ケッ、やっぱアイツを、付けてたのかよ」
「病院で、あんな発言をされてはな。心配するのも、当然だろう?」
キアとシアが父親に暴行を受け入院した病院に、タリアに叩きのめされた袴田も入院していた。
青い空に迫る勢いで枝を伸ばしたイチョウの木が、黄色く色付いた葉を落とす。
初夏に就活で駆けずり回っていた頃が、遠い昔の出来事に思える。
「先生。病院で発言って、なんのコトよ?」
「そ、それはだな。キミに、言ってイイかどうか……」
タリアを孕(はら)ませる……と言ったなんて、言えるハズも無い。
「もしかして、タリアのプライベートに関わるコトなの?」
「ま、まあ、そんなところ……」
「どうだかな。オレはあの女を、孕ませるって宣言したのさ」
袴田 凶輔は、悪びれるコトなく言い放った。
「なッ……なんですってェ!?」
ユミアの大声が、穏やかに流れる公園の空気をぶち壊す。
「タ、タリアを孕ますって……どど、どういうコト!?」
「そのままの意味さ。アイツにオレの子を、産ませる予定さのさ」
「う、産ませる予定って、そんなの犯罪じゃない!」
「手段に、よりけりだろうが。結婚しちまえば、こっちのモンだからよ」
袴田の嘲(あざけ)る顔からでは、本心が読めない。
「アンタなんかと、タリアが結婚したいと思うハズがないじゃない!」
「今ンところはな……だけどよ。会って、話は聞いてくれたぜ」
「並んで歩いてたのは、やはりタリアだったのか?」
「まあな」
「タ、タリアは、どこに連れ去ったのよ」
「アン、便所だ、便所。そこの便所で、クソ垂れ……」
立てた親指を、後ろの公園のべんじょに向ける、袴田。
その脚が、豪快に蹴り飛ばされた。
「誰がクソだ、アホんだら!」
「……ッテェ~。なにしやがる、この女(アマ)ァッ!」
「なにするじゃねェよ。レディに対して、言うセリフじゃねェだろうが!」
パーカーのフードが外れ、クルクルとしたダークブラウンのクセ毛が顕(あらわ)になる。
激昂した天然パーマの少女は、袴田と言い合いになっていた。
「ンなこたァ、わかってンよ。お前が、淑女(レディ)かっつー話だ」
「テッメー、人がせっかく付き合ってやってんのに、横柄な態度と来たら……」
「あ、あの、タリア……?」
「ジャマしないでくれ、ユミア。今コイツを、叩き……ってアレ?」
ようやく変装したユミアが、眼中に入るタリア。
「な、なんでユミアが、ここに居るの。せ、先生まで、居るし!」
「そりゃあオレらを、付けて来たからだろ」
袴田が、全てを暴露した。
「ゴ、ゴメンなさい、タリア。チョット、心配になっちゃって……」
長い黒髪の少女が、頭を下げる。
「スマンな、タリア。ボクも心配になって、2人を尾行をしていたんだ」
「そ、そっか。まあ、そうなるか……」
ボクたちの尾行に、すんなりと納得するパーカー少女。
「アステたちも、心配していたぞ。どうして、彼と会ったんだ?」
「ま、まあライブじゃ、ドローンから庇ってくれたし。い、一応は命の恩人なワケだし、お礼くらいは言ってやろうかと思って……」
タリアの頬は、薄っすらと赤く染まっていた。
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