弁明の黒狼
「違うって。ゴール地点が決めてなかったから、止まれなかっただけなんだよォ」
次の日、ボクと黒浪さんはコンビニのフードコートの席に、並んで座ってた。
「まったく、二人して窓ガラスを突き破った挙句、女子更衣室に押し入るとは」
目の前で雪峰さんが、普段かけている淵の薄い眼鏡を中指で上げながら、怒っている。
「押し入るって、人聞き悪いだろ。故意じゃねえんだからさあ」
ボクたちは黒浪さんの学校の、女子テニス部と水泳部と新体操部が共同で使っている更衣室に、勢い余って飛び込んでしまったのは事実だ。
「故意で無くとも、過失ではあるだろう。それで、女生徒の裸を覗くなど言語道断」
その後ボクも、こってりと先生たちに絞られた。
「トホホだぜ。お陰で陸上部は、半年間の活動休止に追い込まれちまうしよォ」
隣で黒浪さんが、机に突っ伏している。
「元々お前一人の、ボッチ部だったんだろ。最初から活動休止みてーなモンじゃねえか」
「う、うるせー。噛みつくぞ、コラァ!」
紅華さんの指摘に、牙をむく黒浪さん。
「割れた窓ガラスの修理費は、オレが払っておいた。まあ一馬には、スカウトの仕事をやってもらってるし、黒浪も今回の件は、スカウトが原因と言えば原因だからな」
離れた席に杜都さんと座ってる、倉崎さんが言った。
「メ、面目ねえ」
ス、スミマセン!
ボクも思いっきり、頭を下げた。
「ンでそのドリブル勝負、どっちが勝ったんだ?」
ドリブラーの性なのか、結果を聞きたがる紅華さん。
「勝負どころじゃ無かったぜ。みんなで寄ってたかって、オレだけボコボコにしやがってよォ!」
「なんで一馬は無事だったんだ?」
「美形で無口だからだろ。オレ普段から、スカートめくったりしてたってのもあるケド」
「因果応報じゃね」
「完全に、因果応報だな……」
「う、うるせーな、お前ら。ああ、オレはこれから、どうすれば……」
「良かったらウチに来ないか、黒浪」
倉崎さんの、いつもの決まり文句が出た。
「こんなバカ、入れて大丈夫かよ。それにドリブラーは、オレ一人で十分だぜ」
「なんだとォ、ピンク頭。テメーもドリブラーか?」
「おお、そうだぜ。オレだけドリブラーよ」
「そう言うな、紅華。今の時代に限らず、ドリブラーが両翼にいるなんてのはザラだ。サイドハーフにサイドバック、サイドに四枚のドリブラーを揃えているなんてのも、普通だからな」
「まあ解かっちゃいますケド」
「単純にどっちが真のドリブラーなのか、白黒付けたいのだろう?」
「そう、それそれ。解かってるじゃん、雪峰」
「オレさまも、異存はねーぜ。どっかで勝負と行こうか」
「どちらも、単純極まりないな……」
雪峰さんは、ポツリと呟いた。
「へー、ここでお前と勝負か?」
いつものように、河川敷の練習場へと移動すると、黒浪さんが言った。
「早速、走ってみようぜ。まずは軽く、ウォーミングアップだ」
子供のような笑顔で、練習場へと駆け降りていく黒浪さん。
「余程、走るのが好きなのだな。黒浪隊員は」
「お前がミリタリー好きなのと、通じるモノがあるか、杜都?」
「そうですね、指令。自分に、否定はできません」
黒浪さんは、軽くストレッチを終えると、クラウチングスタートの体制に入った。
「なんだよ。ドリブラーって聞いたのに、完全に陸上部のスタイルじゃんか」
けれども黒浪さんの足元には、ちゃんとサッカーボールがあった。
「っま、そこで見てな、ピンク頭。オレさま驚異の、スピードをよ」
『黒狼』は、風のようなドルブルを開始する。
「ム、流石に速いな。黒浪隊員は」
「ああ。しかもあのスピードで、正確にボールをコントロールしている」
「これは裏を取られたら、完全に振り切られてしまうぞ」
デッドエンド・ボーイズが誇る二人のボランチは、黒浪さんのスピードを分析していた。
「ケッ、なんだよ、あんなの。スピードだけじゃねぇか」
もう一人のピンク色の髪のドリブラーは、黒浪さんが評価されるのが気に入らないみたい。
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