血塗られた聖堂
ヤホーネスの地方都市、ニャ・ヤーゴの丘の上に建つ小さな教会。
今は亡き神父に拾われ、慈愛の女神の名を与えられた少女は、皇女を庇い、今まさに天に召されようとしていた。
「パ、パレアナ!?」
床に倒れたレーマリアは、すぐさま後ろを振り返る。
「イヤアアアアァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
皇女の瞳に映ったのは、胸を刺し貫かれたシスター見習いの少女の姿だった。
「まったく……」
サタナトスは、自らの剣プート・サタナティスを少女の身体から抜く。
パレアナは倒れ、胸からはドボドボと血が溢れた。
「キミたちシスターという生き物は、どうしてこうまで博愛精神に満たされているのか……ボクには理解できないよ」
金髪の少年のヘイゼルの瞳は、僅かに哀しい色を滲ませる。
「パ……パレ……ウソ!?」
レーマリアはパレアナに駆け寄り、その身を抱き起こそうとした。
けれども皇女の手の平は、べっとりとした血で真っ赤に染まる。
「皇女……サマは……逃げて……」
「なりません。貴女と一緒でなくては!」
「わたしは……もう……」
皇女が手に取ったパレアナの手が、徐々に冷たくなって行く。
「フラーニア共和国の騎士たちは、誰しも治癒魔法を使えると聞きます。今、プリムラーナ将軍に頼んで……」
皇女自身も、僅かに治癒魔法の心得があったものの、一向に効力を発揮しない。
「無駄さ。その娘の傷は致命傷なのだから」
サタナトスが、冷たく言い放った。
「クソ、この魔王さえ何とかなれば……」
「ヤツに……近づけない!」
「こ、このままじゃ、皇女サマまで……です!?」
聖堂には、オオカミの姿をした魔王・『マルショ・シアーズ・フェリヌルス』が激しく暴れまわっており、蒼き宝石たちはその対処で手一杯だった。
「それに、例え治癒が成功したところで、ボクの剣は人を魔王へと換えるんだ」
サタナトスの言葉通り、パレアナの身体が光を放ち始める。
「もっとも、それは相当な魔力の持ち主の話であって、たかが田舎教会のシスター如きの魔力じゃ、魔王にはなれず消滅するのさ」
金髪の少年は、皇女の首元に剣を向けようとした……瞬間。
「殺らせはせんッ!」
プリムラーナの宝剣が、サタナトスの剣を止めた。
「皇女様……ゴメン」
女将軍はそのまま皇女を抱き抱えると、後ろに飛んで間合いを取る。
「プ、プリムラーナ将軍……まだ、パレアナが……パレアナがまだ、あそこに!?」
「彼女の遺志を……無駄にするおつもりですか、皇女殿下!」
女将軍は、胸をえぐられる思いで言葉を、十五歳の少女にぶつけた。
「無駄だと言うのが、解からないのかい。ボクの二つの剣の能力を……」
サタナトスが再び、次元の裂け目に身を隠す。
「プリムラーナ様、まず魔王をなんとかしないと……」
「だけど次元の裂け目で、攻撃を防がれる可能性が……」
「こっちの体力や魔力だけ、削られて……このままでは」
魔王は、オオカミの狩りの如く円を描きながら疾走して、少女騎士を聖堂の中心へとい詰める。
その間に行った魔王への攻撃は、全て次元の狭間に消えた。
「チェックメイトだ……プリムラーナ」
聖堂に、サタナトスの嘲け声が響く。
『アイシクル・トラスト』
魔王の低い声と共に、黒い霧が立ち込めた空間から、無数の氷の巨大ツララが五人の少女騎士と皇女を取り囲むように出現した。
「アディオス、皇女殿下」
サタナトスが次元の狭間から現れ、腕を振り下ろす。
「これまでか……」
「ゴメンなさい、パレアナ!」
皆が死を覚悟した時だった。
教会の壁が崩れ、巨大な斬撃が魔王の前足を飲み込んだ。
「な、なにィ、誰だ!?」
「誰たぁねえだろ、人ん家の教会に土足で上がり込んでるヤツがよォ!」
土埃の向こうから泡られたのは、肩に赤い髪の少女を乗せた、筋肉ムキムキの男だった。
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