未来の風景
「人間は既に、自分たちより高度な人工知能(AI)を、生み出してしまっているのですよ」
黒き古代ギリシャ民族衣装を着た英雄が、窓の外の風景を眺め言った。
そこには近未来の居住空間が広がり、人々が快適な生活を営んでいる。
「ボクの生まれ育った時代でも、アポロ宇宙船を飛ばした管制コンピューターなど、ゴミに思える能力の携帯端末を、誰もが片手で操作していた」
二十世紀からのコンピューター技術の進化は、目覚ましいものがあった。
それが千年も進化を続ければ、人類は自ら生み出したAIに凌駕されるのか。
「この小惑星パトロクロスも、人工知能を持った管理コンピューターやアーキテクターによって制御・運営されているのです」
ペンテシレイアも、恭しくお辞儀をしながら代表の言葉を補足した。
「トロイア・クラッシック社の艦隊は、AI自らが設計、開発、製造まで行っているのだとか?」
「その通りですな、艦長。我が社の艦隊生産プラントは、小惑星トロイルスにあります」
トロイルスも、パトロクロスと同じトロヤ群に属する小惑星だった。
「トロイルス自体が、AIが組み込まれた製造工場になっており、完全に自動で宇宙艦や艦載機、バトルテクターなどが製造されているのです」
「プラントで、何を開発しているかは、把握できているのですか?」
「ええ、そこは。我々が、現在の市場動向や国際情勢を考え、提案する場合もあります」
替わりに、ペンテシレイアが答える。
「でも基本的には、AIが勝手に判断して製造していると?」
「市場調査に置いても、国家の関係構築に置いても、人間より優れてますからな」
それは、人間は何もしていないのと同じじゃないか?
つまり、未来の工場の生産ラインからは、人間の姿は完全に消え失せているのだ。
開発や設計のプロセスですら、人の頭脳を必要としていない。
「ですから今回の艦隊乗っ取り事件は、我々にとってはとてつもない衝撃的な事件なのですよ」
未来の実情を深く知ると、デイフォブス=プリアモス代表の言葉も、決して大袈裟では無かった。
「AIが独自に進化を続け、性能を上げ続ければ……」
ボクは、英雄の背中に問いかける。
「いずれは人間に歯向かうとは、考えなかったのですか?」
「それは、貴方の時代から考えられて来た可能性だ」
英雄は、深くため息を吐き出した。
「だが結局のところ、問題の解決策は誰の頭脳からも生まれて来なかった」
「それで、問題を先送りしちゃったんですね?」
セノンが口を挟む。
「ま、無理もねえ話だぜ。いくら人間が、コミュニケーションリングを使って情報を瞬時に得られるったって、AI共には敵わねえ」
「わたしたちも、いずれアナタに反旗を翻すかもよ、プリズナー」
「よ、よせよ。トゥラン」
おどけるプリズナーだったが、どこか本気で恐れてるようにも見える。
「MVSクロノ・カイロスも、もしベルダンディが反旗を翻せば、ボクになす術など無いだろう」
今のところ、彼女は従順に従ってくれている。
それを有難く享受し、未来もそうであると願うくらいしか、ボクにはできない。
「『代表』などと言う肩書きは、正に肩書きでしかないのですよ」
デイフォボス代表は、シニカルな笑みを見せた。
「『艦長」なんて肩書きも、同じですね」
「キミは、千年前の日本国で生まれたのだったね」
「は、はい……」
「むしろ『人間』という存在自体が、正月飾りの鏡餅の上の橙に等しい存在なのですよ」
「お飾りの上の、お飾り……別に無くても、餅は食えますからね」
ボクはもう一度、ラウンジの外に広がる街を見る。
洗練された未来の光景に、再び感動を覚えるコトは無かった。
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