ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第03章・第12話

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事情聴取

 パトカーの後部座席で見つめる外の景色が、急に滲み始める。

「……どうやら、涙というワケじゃないらしい」
 目元に手を当てたが、湿ってはいなかった。

「先生と言っても、今時はサラリーマンみたいなモノでしょう」
 若い警官が、ボクが濡れないように傘を差す。

 彼なりに、気を遣っての発言なのだろう。
けれどもそれは、『先生』という職業の、権威の喪失を物語っていた。


 地方の古びた警察署は小さなライトに照らされ、シトシトと降り注ぐ雨を浴びている。
自動ドアがガタガタと開き、ボクは若い警察官と共に中へと入った。


「この書類に、事件の詳細を記入させてもらうんでね。それが終われば、帰っていただいて結構ですよ」
 顔に深いシワが刻まれた警察官が、手慣れた手つきでボールペンを走らせる。

「先生は、どちらの学校で先生をなさってられるんですか。それとも塾?」
「えっと……こちらで話す情報というのは……」
 ボクは、老齢の警察官の顔色をうかがった。

「え……ええ、もちろん守秘義務がありますからね。他言はしませんよ」
 警察官は、そんな心配など必要ない事案だろうに……という顔をする。

「ボクはある少女に、家庭教師として雇われました。最初は個人の家庭教師の予定だったのですが、十四人の生徒を観るように話が進んで……」
 事情聴取と筆記は、直ぐに終わった。


「へぇ、先生は、ユークリッドに雇われていたのですか。それはお気の毒に。今時、ユークリッドみたいな一流企業で働ける機会なんて、滅多にありませんからなあ」
「は、はい。それで、美乃栖 多梨愛の拘留は、長くなりそうですか?」

「いや、直ぐに保釈してもいいレベルですよ。まあ、反省のために今夜は、ここで過ごしてもらうコトになるんでしょうが」
「……え?」

「いえね」
 警察官は、ジャケットのポケットから何やら取り出そうとする。
そこに目的のモノは無かったのか、替わりにボールペンを指に挟んだ。

「彼女が痛めつけた男共は、この辺りじゃ相当なワルとして名が通った連中なんですわ。バイクを乗り回し、グループ同士の抗争なんぞに明け暮れてましてなあ」
 どうやら彼は、勤務時間外はタバコを吸うらしい。

「最近、この辺りで起きている原因不明の失火や、婦女暴行事件なんかも、ヤツらの仕業じゃないかと睨んどるんですわ」
「そんな札付きの男たちを、タリアは一人で……?」

「流石にたまげましたわ。まさかヤツらの方が、女の子一人にのされて、病院に運ばれちまうんですからなあ。アッハッハ」
 老境に差し掛かった警察官は、無精髭の生えた顎を撫でながら笑った。

「調書も、おおむね書けましたので、先生はお帰りいただいて結構ですよ」
「できればわたしも、ここで泊まりたいのですが……」
「え……どうして?」

「やはり、タリアが心配なモノで。無理でしょうか?」
「無理じゃあ無いですが、いや……最近珍しい、生徒想いな先生ですなあ」
 年老いた警察官は、再びポケットを探り、再び空振りに終わる。

「昔は先生みたいな方が、普通にいたんですがねえ。教民法が施行されて以来、先生と言っても自分で授業をするワケでもない、名ばかりの先生が増えてしまって」
 ボクは、反論すら思いつかない。

「病院に運ばれたヤツらの学校教師なんか、事件が起きても自分の役目じゃないって、帰ってしまったんですわ。おっと、守秘義務、守秘義務……」

「トメさん。こっちも事情聴取、終わりました」
 先ほどの若い警官が、古びたドアから出てきた。

「おう、そうかい。ご苦労さん」
 警官は、膝に手をついて立ち上がると、ボクに問いかける。

「どうです、先生。生徒さんに、会っていかれますか?」

「はい、会わせて下さい」
 ボクは、深々と頭を下げた。

 

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