壮大な実験
教壇から見える景色とは、まるで異なる異様な風景。
何万もの観客たちの顔が、ボクと久慈樹社長しか居ないステージに向けられていた。
「彼は、天空教室の名付け親でもあり、最初に天空教室の教壇に立ったのも彼でした」
隣に立つボクを紹介する、久慈樹社長。
「その後、各教科の専門の教師とも契約しましたが、天空教室の担任教師は彼なのです」
紹介され、丁寧に頭を下げるボク。
ステージにそぐわない挨拶だったからか、笑いが起きてしまった。
「まあこの通り、純朴な男でね。個人的に、彼の性格は嫌いでは無いんだ」
ボクからは見えなかったが、ボクの顔が後ろの塔のガラス面に、様々なアングルから映し出される。
「アイツ、ユミアちゃんとウワサになってたヤツじゃん」
「先生と生徒の禁断の恋とか、一時期言われてたよね」
「一瞬でウワサ、消えちゃったケド」
「正直に言うと彼は最初、瀬堂 癒魅亜(せどう ゆみあ)個人に雇われた家庭教師だった」
久慈樹社長による、ウワサが再燃されかねない言動に、冷や冷やするボク。
「つまり彼の雇用主はユミアであって、ボクには彼をどうこうする権利は無かったんだが、ここでボクは妙案を思いついたんだ。かねてより計画していた、ボクの計画と一色淡に混ぜてしまおうってね」
「そ、そうだったんですか?」
「当然だろう。いくらボクだって、あんなに直ぐに13人もの生徒を、用意できるハズも無いからね」
言われてみれば、当然だった。
『手短にお願いすると言ったでしょうに、これだから偉い人は……』
『さっさと社長の当初の計画とやらを、説明しちゃって下さいな』
進行役のAIから、久慈樹社長に注文が入る。
「わかったよ。計画とは、義務教育とネット教育に対する壮大な実験さ」
「壮大な実験って、なんだよ!」
「いきなり言われても、意味不明過ぎ」
「実験するまでも無く、ネット教育のが優秀に決まってんだろ」
壮大な実験など聞いたコトも無かった観客から、不満の声が湧き上がる。
けれどもボクは、やっとその答えが聞けると内心思っていた。
「ユークリッドは、奇しくも既存の義務教育を否定し、その穴を埋めるように台頭した。だがそれは結果論であって、ユークリッドは新たな教育の可能性を提示しようとしたに過ぎなかった。とくに、アイツはね……」
「結果論だろうがなんだろうが、そうなっちまったんだからネット教育の勝ちだろ」
「ユークリッドって、義務教育を批判してなかったっけ?」
「おう、してたしてた」
「そりゃ、ボクがアイツに進言したからだ。その方が、会社の成長につながるってね。アイツは最期まで渋っていたが、その有効性もちゃんと理解していた。ボクは既存の義務教育を噛ませ犬にして、ユークリッドを巨大企業へと成長させたワケだが……」
久慈樹社長の視線が、ドームの空中ステージに向けられる。
そこには、煌びやかなアイドル衣装を纏ったユミアの姿があった。
「ユークリッドを、完全に私物化してね。病床にあった兄が、どう思っていたかも知らずにね」
ピンクとパープルの衣装に散りばめられたダイヤのような宝石が輝きを放ち、フワリとしたスカートが揺れている。
けれども髪は、普段の栗毛のソバージュだった。
「キミだって、アイツの胸の内なんて知らないだろう、ユミア」
空中ステージを見上げ、言い返す久慈樹社長。
「アイツだって既存の義務教育には、大いに疑問を抱いていた。妹のキミが、登校拒否を続けていたのも理由の1つだ。そして、ユークリッドを大きくするコトも、目的の1つではあった。経営者なら、誰だってそうであるようにね」
「それは、詭弁(きべん)だわ。お兄様が、病に伏せっているのをイイことに……」
「病に伏せったアイツは、ボクにユークリッドの経営を任せたんだ。自分には、もうどうするコトも出来ないって、解かっていたんだろう」
ユークリッドのトップの反論に、沈黙してしまうユミア。
「ボクは、ここに集った大勢の観客たちと同様に、かつての義務教育よりもネット教育の方が優れていると思う。だが、それは実際にそうでなければ、なんの意味も持たない。多数決など、所詮は『多い』を『正しい』に、置き換えているに過ぎないのだからね」
「だからアナタは、壮大な実験を始めたのですね?」
ボクの質問に、久慈樹 瑞葉はニヤリと笑った。
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