面会
取り調べを終えた警察官と入れ違いに、ボクは黒く汚れたコンクリートの小さな部屋へと入る。
「どうだ、少しは反省したか」
タリアは、小さな机の向こうで脚を組んで座っていた。
「そんな風に、見えるかい。先生?」
タリアは、かなり大柄で背が高く、筋肉質の体つきをしていた。
制服の下に着たパーカーのフードが、まだ頭を覆っている。
「全然見えないな。困ったモンだ」
ボクは、彼女の前の空いていた椅子に腰かけた。
「先生……どうして来たんだ」
フードの下で、小さく口が動く。
「どうしてって……お前は、ボクの生徒だからな」
机には、書類が残されていた。
形式ばった紙には、美乃栖 多梨愛の名前も書かれている。
「ずいぶんと忘れっぽい警察だな。それともあえて、置いていったのか?」
そんなハズも無く、ドアが開くと先ほどの警察官が、ペコペコ頭を下げながら書類を持って行った。
「ヤレヤレ。あんなヤツらのために、お前が罪を犯す必要なんてなかった」
タリアが天井を見上げると、フードが落ちダークブラウンのショートヘアが現れる。
「ま、アタシも向こう側の人間なのさ。誰かに、『あんなヤツ』らって言われるタイプのね」
髪は天然パーマらしく、クルクルとしたクセ毛で構成されていた。
「ボクは、昭和のテレビドラマの熱血教師に憧れて、教師になったんだ。あんなヤツらという言葉は間違いだったよ」
「昭和のって……どうやってそんな番組、見たんだよ?」
「今はストリーミング動画、全盛の時代だからな。テレビ局の公式チャンネルで、偶々やっていたんだ」
「ずいぶんと変わった先生だぜ。どことなく、ウチの暑苦しい親父に似てんな」
タリアの口から自然に、父親の話が出た。
「アパートで、叔父さんに会ってきたよ……」
そう言うと、タリアの表情が険しくなった。
「……そうかい、なら聞いてんだろ……」
少女は天然パーマを、再びフードで覆い隠す。
「自殺さ。脳みそまで筋肉でできてそうな、顔してたクセによ……」
「キミも……ボクシングをやっているのか?」
「まったく……お喋りな叔父さんだぜ」
タリアは、机に肩肘を付く。
「昔の話さ……親父は教師になる前、プロボクサーを目指してたらしくてね」
「国体に出場したって、聞いたよ。準優勝だって」
「詳しく、喋り過ぎだろ……ああ、そうだよ」
「キミは、お父さんの影響で、ボクシングを始めたのか?」
「よくある話だろ。でも中学入る頃には、辞めちまった」
「辞めた理由は……聞いていいか?」
「さあね。少しは女らしくいたいと、思ったのかもな」
「男を七人も、病院送りにするヤツでもそう思うんだな」
「悪かったな。高架下でアイツらが、女の子に絡んでやがったからだよ。あまりに酷いコトしてたんで、つい……」
女の子は、何をされたのだろうか。
婦女暴行事件が多発しているという、警察官の言葉が頭を過る。
「それを、取り調べの時に言ったのか?」
「別に……言う必要もねえだろ」
「自己弁護は、正当な権利だ。お前も……」
「うっせえな。むしゃくしゃしてたから、殴り倒しただけだ。正義ヅラして、やったワケじゃねえ」
タリアは何か、言いたくない秘密を抱えている様子だった。
すると後ろのドアが開き、ボクは警察官に呼ばれる。
「すぐ、戻るから……」
それだけ言い残し取調室を出ると、先ほど書類を忘れた警察官だった。
「今、報告がありましてね」
彼は聞き取りにくい小声で、呟くように話す。
「ヤツらの持っていたスマホから、数人の少女のスカートの中を盗撮した動画が見つかりました。彼女たちの制服は、この近所の中学のモノだったんですよ」
タリアは、盗撮された少女たちの気持ちを想って、隠そうとしたのだ。
「動画の撮影された時刻は?」
「鋭い先生ですなあ」
警察官は、目を細めてボクを見た。
「ええ、最新のモノは今日の六時。鉄道の高架下と判明しております」
スマホで撮影した動画には、撮影日時や設定によってはGPS情報まで残る。
「それじゃあ、タリアは……」
「今、該当する中学生を、当たっています。残念ながら、正当防衛では無いのですが、彼女を拘留をする必要も無いでしょうね」
その言葉から数時間後に、タリアは保釈された。
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