美容院
六人掛けの席が二つ横並びにあり、七人の女子高生に挟まれたボクは小さく座る。
テーブルには、メニューに書かれた様々な料理や、飲み物が置かれていた。
「か~、お前ら容赦なく注文してんな~」
鳴弦さんは、ボクの前の席にドカッと座る。
「だってお姉さん、好きなの頼んでいいって言った」
「そうだ、そうだぁ」
「わたし達は、悪くない」
「だからって、少しは遠慮を……アタシの一日の稼ぎが、吹っ飛んだぞ」
文句を言いつつも、どうやら奢るつもりではいるみたい。
寄って来たウェイターに、ホットを一つ注文した。
「んで、キミだな。遠光をスカウトしに来たってのは?」
必死に首を縦に振る、ボク。
「これ、トミンから貰ったこのコの名詞です」
女子高生のウチの、一人が言った。
「キミは、御剣 一馬ってのか?」
そうですよォ……と、またもや首を縦に振る。
イエスかノーで答えられる質問であれば、何とかなった。
「デッドエンド・ボーイズ・サッカークラブ……ねえ」
席に運ばれて来たコーヒーを、クリープも入れず口に運ぶ鳴弦さん。
「アタシには、有名なクラブかどうかも解らんが、キミは選手じゃないのか。どうして、スカウトなんかしている?」
鳴弦さんの質問に、首を傾げるしかないボク。
そんなの、成り行きとしか言いようが無い。
「小さいクラブで、人手不足なんじゃないですか?」
「ま、デカいクラブがわざわざ、遠光なんかスカウトに来ないか」
テーブルの向こうで、勝手に疑問が解決された。
「この名詞をお前らが持ってるってコトは、遠光のヤツ、誘いを断ったのか?」
「そうなんですよ。トミンったら、意地になってて」
「実家の美容院も、継がないなんて言ってました」
「まったく……不肖の弟にも困ったもんだ」
薄々感づいてはいたケド、やっぱ鳴弦さんって、紅華さんのお姉さんなんだ。
「実は、実家も美容院でな。このコたちはウチの常連客さ」
な、なるホド……それで、紅華さんとも親しかったんだ。
「ウチはお袋一人でやっててな。アタシもこうして、美容師になるための武者修行をしてるんだ。遠光のヤツも、ハサミを握らせりゃ、アタシよりも器用に使いこなすんだが……」
「トミンって、お客の意見聞かないのよね」
「だから、お客さんを怒らちゃうコトもあるの」
「わたしは、トミンの髪型のセンス、好きだケドね」
「いや……それ以前に、美容師の国家資格も持ってないクセに、客から金を取ってるのが問題だ。アレほど止めろと、言ってるのに」
「取るって言っても、五百円ですケドね」
「それでカリスマ美容師みたいな腕で、お洒落な髪型にしてくれるんだから」
「中学時代は、メッチャ有難かったわ」
そうなのかあ。
彼女たちは、中学が紅華さんと一緒だったみたい。
「それはさて置き……だ」
鳴弦さんのコーヒーカップも、既に空となっていた。
「一馬くん。この後、ウチに寄って行ってくれないか?」
「……」
ボクは小さく頷く。
「今日はご馳走さまでしたぁ」
女子高生たちが、車の外で挨拶した。
「アンタらも、気を付けて帰るんだよ」
小さな赤い軽自動車のハンドルを握った、鳴弦さんの隣にボクは座っている。
暗くなった道の白線を、ヘッドライトが照らし出した。
「ウチは、駅から十分も離れてないから、直ぐだよ」
そう言えば紅華さんも、繁華街の前の停留所で降りて行ったな。
「ホラ、見えてきた。アレがウチの店さ」
鳴弦さんの視線の先には、小さな美容院があった。
そこは閑静な住宅街の一角で、繁華街のモダンな美容院とは違い、いかにも古典的な街中の美容院といった雰囲気の建物だった。
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