警察官
「……なんだ、お前らか」
高架下の小さな通路から現れたのは、パーカーを着た少女だった。
「タリア、ここで一体何を!?」
「別に……コイツらを、ぶっ飛ばしていただけだ」
暗闇に近い通路から、うめき声が聞こえる。
警報機の赤い光が、ほんの一瞬だけその内容を映し出した。
「これは、お前がやったのか?」
大きな血だまりに、横たわる数人の若い男たち。
「ああ……人の顔を殴るってのは、気持ちのいいモンさ」
「こ、この人たちの顔……変形するまで、殴られてるわ」
ユミアが、ボクの体で半身を隠しながら言った。
「タ、タリア……お前はどうして、こんなコトを!?」
「さあ、どうしてかな?」
少女のバンテージの巻かれた拳から、ポタポタと赤い液体が滴り落ちる。
「力で人がひれ伏すのが、楽しいのかもな」
背の高い筋肉質の少女は、口元に不敵な笑みを浮かべとると、ボクたちが来た方向へと去って行った。
恐らくタリアは、伯父さんのアパートに向かったのだろう。
けれどもボクは、彼女を呼び止めるコトすら出来ず、その場に立ち尽くす。
「ね、ねえ……この人たちを、ほっといていいの?」
ユミアが、ボクのシャツを引っ張った。
「そ、そうだな。まずは、救急車を……」
ボクは、自分の言葉を遮断する。
救急車を呼べば、事件が明るみになるのは明白だった。
「救急車を……呼ぼう」
「いいの、先生。そんなコトしたら、タリアが……」
「それでも、呼ばなくちゃダメだ!」
その決断は、ボクにとっては先生と呼ばれるコトの終焉を意味する。
……と同時に、ユミアにとってもユークリッドへの影響力を、大きく失う可能性のある選択だった。
スマホで119番に連絡をすると、三十分後には救急車に乗せられ運ばれていく若い男たちを、見守るコトとなる。
「貴方が通報者ですね。少し、お話を伺えますか?」
若い、警察官が言った。
「アイツらは、札付きの悪でしてね。この辺りを荒らし回っている、グループのメンバーです。どうせ他のグループとの抗争でしょうが、事情をお聞かせ願えませんか?」
「そ、そうなんです。アイツらを見かけたとき、若い男たちが高架下から……」
「止すんだ……ユミア」
ボクは、栗色のクセ毛の少女の言動を制す。
「実は、ボクの教え子がやったんだと思います。本人も、そう言ってました」
「ど、どうして。自分の生徒を、売る気なの!?」
「嘘は必ずバレる。それに、被害者たちが黙っているハズがない……」
「そ、それは、そうだケド」
「その話、詳しくお聞かせ願えますか?」
若い警察官は、ボクの話を丁寧にメモし始めた。
警察官は無線で連絡を取り、パトカー数台が朽ちたアパートを取り囲む。
刑事とおぼしき人物が、数時間前にボクとユミアの尋ねた部屋のドアを叩いた。
アパートに住んでいる人間自体が他にいないのか、顔を出したのはタリアの伯父さんと、タリア自身だけだった。
手錠を掛けられるコトも無く、素直に連行されていく少女。
「すみません。ボクは事情聴取を受けますので、彼女は返して貰えますか。彼女は、授業を休んだ友達を心配して、付いて来ただけなんです」
「そうでしたか、では最寄りの駅まで送らせましょう」
「せ、先生。わたしも……」
「いいからキミは、帰るんだ」
「だ、だけど……」
「ショックなのは解かるケド、先生の言われた通りにした方がいい」
若い警察官は、ユミアをパトカーにエスコートしてくれた。
「先生、署までご同行いただけますか?」
「はい……」
ボクは別のパトカーに乗って、警察署に向う。
教師という夢を叶えられた、数日のコトを走馬灯のように思い出しながら、ボクは流れ去る夜景を眺めた。
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