狭い空
「ユミア……どうしてここに?」
ボクは突然現れた、栗色の髪の少女に問いかける。
「どうしてじゃないわよ。どうせ先生のコトだから、何の情報もなく美乃棲 多梨愛を探しに出ようとしてたんでしょ?」
まさにその通りだった。
でもボクは、彼女が自然に先生と呼んでくれたコトが、うれしかった。
「恥ずかしながら、図星だな。ボクは名前くらいしか、彼女の個人情報を持ち合わせていない」
「まったく、考えなしにもホドがあるわ」
「そうだな。もしかして、有益な情報を持って来てくれた?」
「世話の焼ける先生ね。これでもユークリッドの教師で、創業者の妹として多くの株式も持ってるのよ」
「それは、久慈樹社長の管理下にあるんだろ?」
「うっさい。それでも、権限はあります。美乃栖 多梨亜について、それなりの情報を得られたわ」
「住所とか、スマホの電話番号?」
「それに、メアドなんかもね」
「早速なんだが、教えてくれないか。ボクが行ってみるよ」
「ハア? まさか、自分一人で行こうとしいているのかしら」
「だってキミは、彼女たちと……門限とかあるんじゃ?」
言っている間に、自分の間違いに気付く。
「寮とか合宿じゃないんだから。ウチのマンションに、門限なんてありません」
「で、ですよね~」
ボクと瀬堂 癒魅亜は、地下鉄の駅へと向かった。
「キミが得た情報だと、タミアの家はここから九駅先になるな」
「そ、そう……そっちの方は、任せるわ」
ボクの雇用主は、小さな声で呟く。
「相変わらずキミは、デジタルが絡めば器用に何でもこなせるのに、アナログだと地下鉄に乗るのもハードルが高いんだな?」
「人間には、得意なモノと苦手なモノがあるんです!」
少しだけ頬を膨らませる姿が、妙に可愛い。
「バカにしないで下さい。これでも、タクシーの方は克服したんだから」
「え、そうなのか?」「知らないんですか、先生」
隣に座った少女は、制服のポケットからスマホを取り出す。
「今の世の中には、配車サービス・アプリというモノがあるんですよ!」
瀬堂 癒魅亜は、勝ち誇ったように言った。
地下鉄の窓は、暗闇に流れるライトのあとに、派手な正方形の広告を表示させる。
それが九回繰り返されたあとに、ボクたちは地下鉄を降りた。
「ゼハーッ、ゼェ、ゼェ……」
地上へと続く階段を登りきったユミアが、激しく息を切らしている。
「オイオイ。どれだけインドア派なんだ」
就活で駅の階段を、数えきれないくらい登り降りしたボクは、少し呆れてしまう。
「キミはまだ女子高生なんだから、もう少しは体を動かした方がいいぞ」
「うっさい。それより……」
見上げた空は狭く、ヒビの入ったコンクリート製の雑居ビルに邪魔されていた。
隣にはトタン屋根の剥がれた木造の平屋があり、その隣の木下商店と書かれた看板の下は、薄汚れたシャッターで閉じられている。
「ああ、随分と衰退した街だな」
「そうね。まるで、ゴーストタウンみたい」
「でも、これくらいの場所なら、今の日本のどこにでもあるよ」
「え、そうなの?」
「むしろ、キミが住んでいる場所が特別なんだ。あんなセレブな街は、そう滅多にはお目にかかれない」
「そ、そう……」
ユミアは、申し訳無さそうにうなだれた。
けれども、別にボクは彼女を責めたいワケじゃない。
資本主義の生み出した光と闇は、人々の暮らしを見事に分断した。
成功した人間と、そうでない人間がいる。
ただ、それだけのコトでしかないのは知っていた。
「タリアの家は、この先だな。行ってみよう」
「……ま、待ってよ!」
こんな場所に来たのは、始めてだったのだろうか。
栗色の髪の少女は慌てて、隣に駆け寄って来る。
ボクたちが行き着いた先には、建築基準法などまるで無視した、廃墟のようなアパートが建っていた。
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