美乃棲 多梨愛(みのす たりあ)
「なあ、みんな。タリアは昨日の夜は、みんなと一緒に寝たんだよな?」
姿を見せなかったのは、『美乃棲 多梨愛(みのす たりあ)』という名の少女だ。
「はい。少なくとも今朝までは一緒でしたね」
正義を重んじるライアが、皆を代表して答える。
「もう一つ質問なんだが、ユークリッドに拘束されているのは、授業のある午後からだよな?」
「そうよ。本来なら、授業を受けるかどうかは自由意志であるべきなんだケド……」
次にボクの質問に答えたのは、瀬堂 癒魅亜だった。
「こんなに大勢の人を巻き込んで、社長は何を考えているのかしら」
彼女にしてみれば、本来の契約はボクを家庭教師として雇用するだけであり、勝手におかしなオプションを付けられたコトに、怒り心頭らしい。
「タリアは、今朝まではキミたちと一緒にいた。自由な時間である午前中に、どこかへ出かけたのか……」
「せやな、午前中の時間をどう使うかは、ウチらの勝手や。タリアもなんぞ用事がおうて、遅れてるだけかも知れへんで?」
自由時間を、妹たちとのライブ活動に充てた少女が言った。
「そうだな……授業を始めるか」
キアの言う通り、ただの遅刻であるコトを願って、ボクは教壇に立つ。
「ねえ、先生。なにしてんのさ?」
ライオンのような、ゴージャスな金髪の少女に言われた。
「なにってレノン。授業を……」
「せっかくユミアが可愛い制服、持ってきてくれたんだよ?」
至極、真っ当な指摘だった。
「わ、悪い。できるだけ早く、着替えてくれ」
ボクは慌てて、天空教室を飛び出す。
「ジャジャーーーン!! 見て見て、先生」
「どう、ボクたちの制服、可愛いでしょ?」
再び教室に入ったボクを出迎えたのは、カトルとルクスの双子姉妹だった。
「そうですわね。ギリギリ合格点と、言ったところでしょうか?」
「お姉さまの好みに叶うなんて、素晴らしいコトですわよ」
アロアとメロエの双子姉妹も、ユミアの選んだ制服を着ている。
スミレ色のブレザーに、白に金色の縁取りのされたギャザースカート。
黒のシャツには、黄色のネクタイが結ばれていた。
「ファッションリーダーの二人の眼鏡に叶うのなら、かなりのセンスなんだろう。よかったな、ユミア」
ボクは、今日は栗色のくせ毛のままの少女を、チラリと見る。
「べ、べつに……早く授業、始めてくれるかしら」
瀬堂 癒魅亜は、耳たぶを赤く染めながら答えた。
「それじゃあ今日は国語だ。みんな、渡した資料を見てくれ」
ボクは雇用主の指示通り、授業を始める。
けれども十四台の机の内、一つだけポカンと空いたままだった。
授業を進めながらユミアを見ると、彼女は寂しそうな横顔で、一つだけハンガーに架けられたままの、大きめの制服を見ていた。
やはり、タリアは姿を現さない。このままじゃいけないな。アパートの立ち退きまで、切羽詰まってはいるが……そうも言っていられないか。
その日の授業を終えると、ボクは生徒たちにタリアのコトを聞きまわった。
「え~、知るワケないじゃん」
「双子の人はともかく、お互い会ったのは昨日が始めてなのだから、当然でしょう」
予想された答えしか、返って来なかい。
「タリアの情報を、持っているとなると……」
仕方なく一階の受付で、社長にコンタクトを試みる。
「社長は本日、ワシントンに出張となっております。後日、改めてお越しください」
授業を始める前にエレベーターで一緒になった男は、すでに機上の人となていた。
「いえ、こちらで対処できる要件ですので……」
ボクは、使い慣れないビジネスライクな言葉を並べ立てる。
「ヤレヤレ……初対面ではないとは言え、殆ど情報の無い女の子を、当てずっぽうで見つけられるモノなのか?」
改めて見上げた超高層タワーマンションは、天高くそびえていた。
「ねえ、なに浮かない顔してんのよ!」
下の方から、声がする。
顔を下げると、そこに立っていたのは瀬堂 癒魅亜だった。
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