クライフターン
あ、倉崎さんだ……と、心の中で叫ぶボク。
弾いたボールに、追いつくなんてスゴイ!
ボクのボールが倉崎さんの足元にあり、倉崎さんのボールであろう黒にオレンジ模様のボールが、ボクの足元にあった。
「なんだぁ、テメーは?」
「こっちは今、後輩と揉めてんだ」
「ジャマはしないでもらいたいね」
ボクのボールを奪おうとしていた二人の先パイと、最初にボールを取りに来た屈強な体躯の先パイが、今度は倉崎さんから三人がかりでボールを奪いに行く。
「そのボール、よこしな!」
「クソナマイキな一年のボールだ。河に叩き込んでやるぜ!」
「そうかい。だったら簡単には、渡せないなあ?」
倉崎さんは、右足でボールを引くと、体の後ろを通してかわす。
サッカーをやっていれば知ってるくらいの、かなり一般的(オーソドックス)なフェイントだ。
「なんだぁ、クライフターンかよ?」
「随分と、古ぼけたフェイントを使いやがって!」
先パイたちは、クライフターンによるボールの動きを予測し、タックルを仕掛ける。
上手い、もう一度同じフェイントだ。
倉崎さんは先パイの動きを読んで、クライフターンを連続させた。
「このッ!?」「ふざけやがって!!」
けれども、勢い任せのスライディングタックルは、あっさりとかわされる。
「コ、コイツ……同じフェイントしか使わないのに……」
「どうしてボールが取れねえ!?」
その後も三人の先パイ相手に、『クライフターン』のみでボールをキープし続ける倉崎さん。
凄い上手いな、倉崎さん。
ボクみたく、一対一を作らなくてもボールをキープしちゃってる……。
「ハア、ハア……クソッ!?」
「ど……どうしてコイツは、三人相手に息が上がってねえんだ!?」
「キミたちとは、鍛え方が違うからねぇ。それに、ボールは汗をかかない」
根を上げ始めたのは、三人の先パイの方だった。
クライフターンによって、自分たちのペースでは無いタイミングで、走らされていたからだ。
「クライフターンの創始者でもある、ヨハン・クライフ。オランダの生んだスーパースターだ」
倉崎さんはボールをキープしたまま、クライフの説明まで始める。
「スポーツ選手がスーパースターと呼ばれるきっかけとなったのも、クライフのイニシャルが、当時ヒットしていた映画、ジーザス・クライスト・スーパースターの、ジーザス・クライストと同じだったからとされている」
「コ、コイツ、喋りながらなのに……」
「な、なんでここまで、い、息が上がって……ねえ!?」
余裕の表情の倉崎さんに比べ、三人の先パイは明らかに疲労困憊な感じだった。
「先に一馬の相手をしていたとは言え、まだまだ鍛え方が足りないなあ?」
砂の地面に倒れ込んだ三人の先パイの傍らで、倉崎さんはヘディングでのリフティングに切り替え、ボールをポーン、ポーンと弾ませていた。
「一馬……オレからボールを取れるか?」
倉崎さんは、おでこに張り付くようにボールをピタリと止め、ボクに視線を向ける。
「……」
い、行きます、倉崎さん! ……っと、ボクは心の中で叫んだ。
まずはボールの動きだけに集中し、間合いを詰める。
今のルールじゃ、抜かれても護るべきゴールなんか無いんだ。
だったら、最大限に間合いを詰めて……体とボールの間に割り込む!
「フフ……そう来たか。だが、甘いな」
「うわあッ!?」
ショルダータックル気味にボールを奪いに行ったが、地面に倒れたのはボクの方だった。
「オレとお前じゃ、体幹が違う。筋肉量も、鍛え方もな」
「……!?」
挑発する倉崎さんに、あえて乗っかる。
大好きなサッカーで負けるのは口惜しかったが、一向にボールが取れない。
決定的に、実力が違っていた。
「す、凄えぞアイツ」「あの一年も大した技術なのに……」
「それが、全然ボールを奪えないなんて……」「何者なんだ?」
先パイたちの声も、ボクの耳には届かなかった。
滴る汗が空を舞い、ボクは何度もバランスを崩し、地面へとひれ伏す。
と、取れない。上には上がいるとは思ってたケド……。
膝に付いた湿った砂の感触。
心拍数を上げた心臓の鼓動まで聞こえる。
た、楽しい! なんでだろ?
不思議な感情が、ボクの心を支配する。
「まあ、そんなに落ち込むな、一馬。お前にはまだ、伸びシロがあるってコトだ」
そう言って手を差し伸べた倉崎さんは、息も切らしていなかった。
別に落ち込んでなんかなかったケド、楽しい時間が終わってしまったのが寂しかった。
「……入りたい……」
口が勝手に動作する。
「ボク……倉崎さんのチームに……」
奈央以外の他人の前で、久しぶりに喋れている。
「ああ。歓迎するよ、一馬。お前がオレのチームの、最初のメンバーだ!」
倉崎さんは、サラリと言った。
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