淡いグレーのスーツ
十四人もの少女たちの、輝かしい青春時代……。
ボクが先生として教えるコトで、彼女たちの貴重な時間を台無しにしているのだろうか?
「それは、いつも思ってますよ。大勢の教師が職を失ったのも、ユークリッドという完全に近い授業動画を流す存在が現れたからです」
単純に勉強を頭に詰め込むだけなら、ユークリッドの教育動画の方が遥かに効率的なのだ。
「そうさ。ユークリッドは、完璧に一番ちかい授業動画を提供していると思っている」
淡いグレーのスーツをラフに着こなした、久慈樹 瑞葉。
「何を言ってるかわからない頑迷な年老いた教師、経験不足で授業を進めるのがやっとの新米教師。彼らより、よほど的確でわかりやすく説明された授業だよ」
組んだ左腕に支えられた右腕のこぶしの上に、顎を乗せながら言った。
「その新米教師ってのが、ボクだと言いたそうですね」
ボクは反論を予想し、次の台詞まで間を開けたが、ユークリッドの社長は何も返して来ない。
「確かに教壇に立つ以上、新米だとか甘えたコトは言ってられない。ボクの授業が理解できなければ、困るのは生徒たちだ。教師としては失格だと思ってます」
「意気込みだけは、立派だと言えるね」
久慈樹 瑞葉は、腕を組んだポーズのままクルリと後ろを向いた。
「キミみたいな教師が多ければ、学校教育という既成概念に捕らわれた者たちの牙城も、もう少しは持ちこたえられたのかも知れない」
分厚い金属製の箱は、ボクたちを天空まで運ぶ勢いで上昇する。
「学校教育が、既成概念?」
透明ガラスの向こうには、昨日とは打って変わって晴れやかな空が広がっていた。
「教育の形がどうあれ、生徒たちにベストな授業を提供するのが大人の役割だよ。彼らが守ろうとしていたのは、古典的な学校教育と言う枠組みそのものじゃないかな……」
容赦がなく辛らつな言葉で、かつての学校教育を否定する久慈樹 瑞葉。
「既得権益とまでは言わない。だが彼らは、学校という時代錯誤なシステムにいつまでもこだわり、それが永遠に続くと思い込んでいた」
「危機感を感じていた教師だって、たくさんいたハズですよ……」
「それはいただろうねえ」
「え!?」
「ただ時代を嘆いてるだけの教師や、何の代替案も示さずただ反対するだけの教師」
社長の声のトーンが上がる。
「彼らも所詮は、自分たちの不完全な授業を、学校教育とはそう言うモノだからと正当化する愚かな連中と変わらないのさ」
淡いグレーの背中から、次々に辛らつな言葉が紡がれた。
確かに今の子供たちから見れば、学校教育はいびつな代物だろう。
「動画で完全な授業が見れるのに、わざわざ解かりづらい授業を受けに、学校に行く必要はあるのかい。子供を学校なんて閉鎖空間に閉じ込めれば、それこそイジメの温床になりかねない」
ボクもそこが、かつてあった学校教育というシステムが抱える、最大の問題点だと思っていた。
「確かに以前の学校教育じゃ、イジメはあってはいけないモノとされてましたからね……」
ボクの心は、晴れ渡った空とは裏腹にヒドく澱んでいる。
「イジメを隠ぺいし、無かったコトにしたい校長や学校経営者ども。教育現場で派手なイジメが起きるのを、ハイエナのように待ち構えているマスゴミ連中。学校という古びた欠陥だらけのシステム自体に、問題があると思わないのかい?」
「残念ですが、学校というシステムが無くなっても、イジメは無くならないと思います」
「そう……かもね」
ボクの言葉に、小さなため息を付いた淡いグレーの背中は、エレベーターを降りて行った。
「教育者となった以上、イジメなんて存在しないとは、言ってられない」
エレベーターの透明ガラスの向こうの、冴えない男が呟く。
頬をはたき覚悟を決めると、ユミアたちの待つ『天空教室』へと向かった。
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