鬼兎 鷹士(きと たかし)のスピード
「そんじゃ、いくぜ」
ボランチの位置でバックパスを受け取った交代プレイヤーが、そのままドリブルを開始する。
えっと、鬼兎 鷹士(きと たかし)さんだったよな。
ベンチに居たときにメンバー表を確認したケド、他に『キト』って呼べる名前無かったし。
ボクは、鬼兎さんの進路に立ちはだかった。
「お前、確か千葉のクラスメイトだったよな。千葉が、一緒にプレーできなくて残念がってたぜ」
ハンサムな顔立ちのボランチが、ドリブルをしながら語りかけて来る。
え、委員長が……そう言えばこの人も1年で、ボクと同級生なんだ。
「ついでに、お人良しだとも言ってたぜ」
鬼兎さんが、ニヤッと笑った。
ああッ!?
鬼兎さんは、ボクの前を抜くと見せて、素早いダブルタッチでボクの背後を抜き去る。
「また、面白い選手が出て来たね、倉崎」
「そうですね、監督。素早いダブルタッチと、一馬の背中を一瞬で抜けたスピード。動きの切れが、ハンパ無いプレーヤーですね」
「だけどさ。スピードなら、オレさまのが上だぜ!」
「ヤレヤレ、これだから駄犬は。アイツは、一瞬のスピードの切れで勝負するタイプだ。お前とは、スピードの質が異なるんだよ」
ベンチで倉崎さんや、紅華さんたちが評していたコトなど露(つゆ)知らず、ボクは必死に鬼兎さんの背中を追っていた。
「さて、そろそろ仕掛けるか、彩谷」
鬼兎さんは、グランドの中央を目視する。
「ここは、通さないであります!」
「そいつは、どうかな」
鬼兎さんは、つま先でボールを浮かせた。
「な……これでは、スライディングが……」
「お前がスライディングタックルが得意なのは、ボールボーイをやりながら見ていた。これだけボールを浮かせれば、滑れまい!」
ボールは、腰の辺りの高さにある。
杜都さんの得意なスライディングタックルでは高すぎ、ヘディングでも低すぎる位置だ。
「ここだ!」
「しまったで、ありますゥ!」
鬼兎さんは、杜都さんの開いた脚の間にパスを通す。
「げにまっこと、鬼兎は恐か男が」
パスは、グランド中央を走る彩谷さんに通った。
「ディフェンス2枚を、無力化しよったがじゃ」
ボールボーイをしていたもう1人のボランチが、ゆるりとドリブルを始める。
「杜都たちは、1列前に上がってんだ。ボランチのオレらが、止めるぞ」
「やる気無ェドリブルだが、油断すんなよ。さっきはコイツ、杜都を抜いてんだ」
「解ってる。まずはオレが行くぜ!」
交代で入った、汰依(たい)さん、蘇禰(そね)さん、那胡(なこ)さん。
まずは、那胡さんが仕掛けた。
「かかって来るじゃき」
脚の裏でボールを引いて、那胡さんをかわす。
「次は、オレだ!」
蘇禰さんが、彩谷さんの引いたボールを狙っていた。
「ノホホ、こりゃ勇ましい」
彩谷さんは、ヒールで蘇禰さんの股を抜く。
けれどもボールは前に出ず、大きく右に転がっていた。
「よし、貰ったぜ」
ボールが転がった先には、汰依さんが待ち構えている。
「彩谷、まったくお前は詰めが甘いんだよ」
「なにィ!?」
汰依さんに収まるかと思われたボールは、鬼兎さんがカットしていた。
「今度こそ、仕事しろよ」
「わかっちょるき、任せときィて」
鬼兎さんのパスを受ける、彩谷さん。
デッドエンド・ボーイズの3人のボランチを、大きく引き離し右サイドを疾走していた。
「ワシがこのまま決めちゃるのも良かが、一応は先パイ方との勝負もかかっちょるきぃのォ」
彩谷さんが、ペナルティエリアにアーリークロスを入れる。
「ナイスクロスだ、彩谷」
左サイドから、ペナルティエリアを横切るように進入する、千葉委員長。
「よし、まずはハットトリックだ」
クロスを、足先を面にして合わせ、ゴール左隅へと沈めた千葉 蹴策は、そのままペナルティエリアを抜けると、右サイドの彩谷さんとハイタッチをした。
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