二対一
トラス橋が河をまたぐ、河川敷。
「……やっぱ来ちゃった」
入学式が終わり、桜の花びらが舞い散る土手にはツクシが顔を出している。
「奈央は怒るだろうケド、このまま何もせずにサッカーを辞めるなんてイヤだ」
けっきょくボクは、ポケットに放り込まれた名刺の住所を頼りに、河川敷を訪れていた。
「でも、倉崎さんのサッカークラブって、どこにあるんだ?」
見たところ、河川敷にサッカーを練習している人もいないしなあ?
名古屋の、それなりに大きな街を流れる一級河川の堤防沿いには、遊歩道があってランニングや犬のさんぽをしている人たちが行き交う。
河川敷まで下りて行けば、砂の野球グランドがあり、サイクリングコースも通っていたが、小さなサッカーグランドには人すらいなかった。
「地元の高校のサッカー部が、使ってそうなグランドだな……」
ここが、倉崎さんのデッド・エンド・ボーイズのグランドなのかな?
グランドに降りて、砂をすくってみる。
ジャリジャリとサラサラの間くらいの砂だ。
「こんな場所で練習すれば、足腰が鍛えられそう」
家から持ってきたボールを、さっそく転がしてみる。
「あ。やっぱ、砂にスパイクの跡がある。誰かが練習してたのかな?」
グランドには、無数の足跡が刻まれている。
すると急に、背後から声がした。
「あ? こないだの一年じゃねえか」「なんだ、こんな場所で?」
「ひょっとして、やっぱ入部したくなったとかで、オレたちを待伏せかぁ?」
振り向くと、怖そうな顔がたくさん並んでいる。
ヤバイ! ウチのサッカー部の、先パイたちだ。
急に顔の筋肉が強張って、口から言葉が出ない。
「オイ、何とか言えよ?」「またまた黙りかあ?」
ひょっとして謝罪すれば、許してもらえそうな……雰囲気じゃ無いよね、これ。
「なんだお前、サッカーボール蹴ってたのか?」
「だがよ。ここはオレら、曖経大名興高校サッカー部のサブグランドだぜ」
「勝手に使ってんじゃねーぞ、コラァ!」
えー、ココそうだったの? ヤ、ヤバイ……早く退かないと!
そう言えばウチの学校のサッカー部は、立地が大都会である名古屋のど真ん中で、グランドが無いから外のグランドを使っているとか言ってたな。
「オラ、ボールはあっちだぜ!」
屈強な体躯の先パイが、ボクのボールを河に向かって蹴り飛ばそうとする。
「う、うわ……」
ボクは反射的に左足の足裏でボールを引いて、右脚の後ろへと隠した。
かなり広い河なので、ボールが流されたら拾いに行けない。
「おわッ!?」
蹴り飛ばすハズだったボールが消え、ハデにスッ転ぶ先パイ。
「ぎゃははは。コイツ、空振ってやんの!」
「ダッセーやつ」
他の先パイにからかわれ、顔が真っ赤になる屈強な体の先パイ。
「こ、この……いい度胸じゃねえか。一年が、先パイをコケにしやがってよォ!」
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 先パイ、マジでキレちゃってる。
「今は少しばかり油断したがよォ。オレら曖経大名興高校サッカー部は、県大会じゃベスト4に残る強豪なんだ。テメーみたいな一年、本気を出せば簡単に……」
そう言いながら、後ろに下がったボクの前を、勢い良く通り過ぎて行く先パイ。
口はぜんぜん動かないクセに、体はナゼか反応してしまう。
「なんだよ、またかわされてるじゃねえかよ?」「一年相手に、だらしねえな?」
二人の先パイがボクを前後に挟み込んで、同時にボールを取りに来る。
取られた方がいいのか? でも、大事なボールを河に放り込まれたら……。
「ありゃ。な、なんでボールが取れねえ?」
「ムムゥ、二人がかりだってのに……」
ボクは、後ろから来る先パイを右にかわすと、前から来た先パイにボールを取られないように、足裏で引いてボールを体の後ろへと隠す。
それからは、二人の先パイが一直線に重なるようにボールを動かした。
「コ、コイツ、オレら二人を相手に、顔色一つ変えてねえぞ……」
「そ、それに、なんてキープ力だ。ナマイキなだけのコトはあるぜ」
後ろの先パイが、左から前の先パイの前に出ようとすると、ボクも左に動いて前に出させない。
常に一対一の環境を作り出す。
「あ……!」
すると、ボクのボールが別のボールに弾かれた。
「だ、誰だ!」「ジャマすんのは?」
先パイたちと始めて意見が合ったボクも、弾かれたボールの転がった先を見る。
「ジャマして悪かったな、一馬。来てたのか?」
そこには、見覚えのあるジャージ姿の男が立っていた。
前へ | 目次 | 次へ |