倉崎 世叛
「キミ、サッカーやってるだろ?」
男は一馬の脚を、ペタペタと触りながら言った。
「左右の太ももの大きさが、極端に違うからね」
意思の強そうな瞳に、スラリと高い鼻、揺らがない自信を象徴するかの様な眉をしている。
「……あ?」
いきなり見ず知らずの人間に脚を触られ、顔を強張らせる一馬。
けれども男の質問に、少しだけ緊張が緩み声が出る。
「な、なんなんですか、アナタは!」
一馬の隣で、奈央が叫んだ。
「左利き……少なくとも、キックに関してはそうだろ?」
「人の話、聞いてますか。アナタは誰なんです?」
「オレかい。オレは……」
「これ以上、カーくんの脚を触ったりしたら、警察呼びますよ!」
人見知りで喋れない一馬を押しのけた奈央は、男との間に割り込んで仁王立ちをする。
「そうか。いきなり失礼したね。オレはこういうモノだよ」
ジャージ姿の男は立ち上がると、ポケットの財布から一枚の名刺を取り出す。
「えっと、なになに……『デッドエンド・ボーイズ代表取り締まり役』!?」
一馬が受け取った名刺に書かれていた情報を、奈央が読み上げた。
「『倉崎 世叛(くらさき よはん)』……それが、アナタの名前なんですか?」
一馬は相変わらず真顔のままだったが、ボクもそれ知りたい……とばかりに頷く。
「ああ、そうだ。こう見えて、サッカークラブのオーナーをやっているんだ」
「アナタがですか。とてもそうは、見えませんケド!」
仁王立ちの奈央の横を、すり抜ける倉崎 世叛。
「よかったらキミ、ウチのチームに入らないか? 今ちょうど、メンバーを募集してるトコなんだ」
倉崎の言葉に、自分の高校のサッカー部に入れなかった、一馬の目がキラキラ輝く。
「お、乗り気じゃないか、キミのお兄さん」
「カーくんとは、幼馴染みです。同い年ですから!」
「そっか? てっきり、妹さんかと思ったよ」
奈央の容姿を観察しながら、悪びれるコト無く言う倉崎。
「う~~、コイツ失礼過ぎ!」
背の小ささや童顔に、コンプレックスのあった奈央は、生理的に倉崎が好きになれない。
「ダメだよ、カーくん。この人、怪しいから付いて行っちゃ」
「オイオイ、オレのどこが怪しいって言うんだい?」
「全てです! 何もかもです!」
「そいつは酷いな……」
「いきなり見ず知らずの人の脚を、ペタペタ触るなんて怪しさ全開でしょ。それにどう見たってあなた、高校生くらいですよね?」
「まあ、そうだな。高校3年だ」
「高校生が、サッカークラブのオーナーだって言うんですか!」
「クラブは今年、立ち上げたばかりでね。メンバー不足なんだ」
奈央の的確な攻撃に頭を掻きながらも、一馬を見る倉崎。
「クラブのオーナーってのは、ホントさ。もちろん、トップリーグ所属のビッグクラブじゃあないが」
「それでも、クラブのオーナーなんですよね。あまり、お金持ちには見えませんケド?」
「そうだな、今のところはね。金はこれから稼ぐところなんだ」
「あのですねえ……」
奈央は呆れかえる。
「そんないい加減な話、誰が信じるって言うんですか。高校3年なら、わたしたちより先パイなんですよね。もっとちゃんと、将来を考えてですね……」
小言モードに入った奈央を厄介と思ったのか、倉崎は耳を塞ぐようにフードを被る。
「……よかったら、見学においでよ」
倉崎は奈央に聞こえないくらいの小声で呟くと、一馬のポケットにコッソリ名刺を投げ入れる。
「待ってるから、じゃあな」
そう告げると、土手を走り去って行った。
「もう、人の話も聞かないで!」
「あ!?」
奈央は、一馬が最初に倉崎に渡された方の名刺を取り上げると、ビリビリと破る。
「カーくん、あんなヤツの言うことなんか、ぜったい信じちゃダメだよ!」
ゴミとなった名刺は、奈央の財布に仕舞われた。
「倉崎……世叛……」
後ろを振り返る、一馬。
彼の中で、倉崎に対する興味が急速に膨れ上がる。
「ホントに、ボクなんかを必要としているのかな……」
ズボンのポケットには、もう1枚の名刺が残されていた。
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