パジャマ姿の女子高生
渡辺は『二つの誤算』から、かなりきわどい状況に追い込まれていた。
「……まさか、こんなコトになろうとは!?」
彼は今、自分の家の二階にある、自分の部屋にいる。
「こ、この部屋の隣に、女の子が二人……泊っている……だとッ!?」
二階の隣の部屋では、女子高生が二人寝息を立てている。
眠っているのは双子の姉妹、『浅間 楓卯歌(ふうか)』と『浅間 穂埜歌(ほのか)』だ。
前日二人は、茶道部で渡辺の胸を借りて泣いた。
気持ちが落ち着くと、双子姉妹は自分たちの立場を理解し、ひどく落ち込む。
醍醐寺の家から追い出され、行く宛ての無い身であるという現実を、理解せざるを得なかった。
「良かったら、ウチに来ない? ちょうど、東京の大学に行ってる姉貴の部屋が、空いているんだ」
二人を哀れに思った渡辺が、恐らく拒否されるだろう……というつもりで言った台詞だった。
けれども双子は素直にうなずき、家まで付いて来る。
「流石に、いきなり女子高生を泊めるだなんて……マ、マズイよねえ。母さん?」
そして、二つ目の誤算……母親は快諾してしまい、父は母の意見に逆らわない人だった。
「副会長も、いくら醍醐寺の家に置いておきたくないからって、後先考えてから行動してくれよ~」
渡辺はリビングに来て、睡眠不足の眼を擦りながら、パンをトースターにセットする。
「……母さん、今朝はもう店に出ているのか? 日曜と言えど、自営業者は働かなきゃ……なッ!?」
すると、パジャマ姿の女子高生が二人、階段を降りて来た。
「このパジャマ……チョット大きい……」「……胸のヘン、ダバダバァ……」
「ホワアァッ!!? 二人とも前、か、完全に見えちゃってるからッ!!?」
渡辺は、完全に寝ぼけモードの双子姉妹の、パジャマの前ボタンを留める。
「それ、姉さんが中学生の時に、着てたパジャマなんだケド……?」
「つまり、わたしたちは……」「中学生より小さいと?」寝起きもあって、不機嫌な二人。
「そ、そう言う意味じゃ……」渡辺は話題を変えようと思った。
「せ、洗面所、そこ出て左手だから。トイレは廊下の突き当りね」
「う、うん」「わかった……」二人は、トボトボと洗面所に向かった。
「楓卯歌も穂埜歌も、低血圧なのかな? 元気を出さるためにも、しっかり食べないとな」
双子が戻ってくると、テーブルにはコーヒーの香りが溢れ、焼きたてのトーストが二皿置いてある。
「ほら、目玉焼きもあるよ。それに、ちゃんと野菜も食べないとな」
渡辺は、フライパンの目玉焼きを二人の皿に移し、テーブルにサラダも置いた。
「うわあ、美味しそう!」「ホントだ!」二人の表情が、明るくなる。
「これ、渡辺が作ったの?」「フウ! 年上なんだから、渡辺先パイ!」
楓卯歌の質問に、穂埜歌がツッコミを入れる。
「いいよ別に。一つの歳の差なんて、大した差じゃ無いから」
「だって、ホノ?」「ダメです。ケジメは大事にせねばなりません!」
二人はプライベートでは、『フウ』、『ホノ』と呼び合っているようだ。
「た、確かにけじめは大事」「これからは、渡辺先パイと呼ばせていただきます」
双子は副会長ほど、『醍醐寺の仕来たり』を嫌ってはいない気がした。
「渡辺……先パイって、起用なんだね?」「そうですわ。料理、どれも美味しいです」
「ああ。ウチは自営業だから、親は二人とも忙しくてさ。ボクが作ることも多いんだ」
二人の表情が、曇る。
ボクは言ってしまってから、二人の両親が交通事故で無くなってることに気付いた。
「ゴ、ゴメン」「だいじょうぶです」「気にしないでください」
急に、気マズい空気が流れる。
「そ、そうだ。どこかにでかけようか?」渡辺は、二人を外へ連れ出すことにする。
さすがに親の居ない家で、女子高生と過ごすのはマズイと思ったし、何より間が持たなかった。
「……あ……絹絵ちゃん? もしヒマだったらなんだけど、今日一日付き合ってくれない? 浅間さん達を連れて、大須を巡りたいんだ……」
「もちろんいいッスよ……ご主人さまッ!」二つ返事だった。
絹絵と合流する場所までの道すがら、渡辺は二人の気持ちを聞いてみた。
「……あのさ、楓卯歌ちゃんと穂埜歌ちゃんは、家を追い出されたこと……やっぱ怒ってる?」
すると二人は、同時に首を振った。
「……たぶん、沙耶歌姉さまはわたし達のために、敢てそうしたんだと思います」
「あの家は、昔とは随分変ってしまったから……」
二人の言葉に、渡辺は安心した。
ちゃんと、義姉の内なる気持ちを理解していたからである。
渡辺は、二人に事実を話す決心をする。
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