ラノベブログDA王

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萌え茶道部の文貴くん。第四章・第七話

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父と娘

 その日は、完全に梅雨入りしたのだと実感させる空だった。

 枯山水の庭は濁った水に浸り、飛び石が浮き出た泥に汚れている。
醍醐寺 沙耶歌は、雨に濡れる石畳の上を歩いていた。

「……ハア。何もかもが、下らないわ」
 雨に濡れた長い黒髪をハンカチで拭くと、庭の片隅に建てられた茶室の、躙り口(にじりぐち)の小さな戸を開けた。

「沙耶歌。話と言うのはなんだね?」
 狭く薄暗い室内は、六月になろうかというのに、底冷えがする程寒く感じられた。
「はい、お父様。今日は、旧部室棟の件についてご相談が……」

 少女の虚ろな視線の先には、一人の痩せた男が仰々しく丁寧に座っている。
男は、囲炉裏に炊かれた茶釜から煮えたぎった湯をすくって、奇抜な形の抹茶茶碗に注いだ。
「さあ……お飲みなさい、 沙耶歌。今日は何故だか冷える……な」

 娘を慮(おもんばか)る父親の台詞を履いた男は、細く上目遣いに吊り上がった目をしていた。
「はい……お父様」
醍醐寺 沙耶歌は、完璧な……正確な……機械的な所作で、抹茶を飲んだ。

「……結構なお手前で……」娘は、抹茶茶碗を畳の上に置く。
「今日は、浅間の双子娘の件を、抗議に来たのかと思ったが……?」
「いえ……お父様。あの娘たちにこの家は、相応しくはございません」

「そうか」父親は娘の答えに、満足した笑みを浮かべ、釜の上に柄杓を置いた。
「亡き妹の娘と思って、甘やかしたのが不味かったのだ。高度な教養の無い人間には、物事の道理がわからんのだろう。おかしな茶道部に入部など、醍醐寺の汚点になるところであったわ」

「……はい」少女は心の底で、目の前の男を軽蔑した。
「それで、旧部室棟の件とは? 既に、マンションの建設工事の予定も、決まっているのだがね。アレにもそう言って置いた筈だが?」男は、切れ長の目で娘に囁いた。

「……お母様は既に、工事を承認しておいでですし、解体許可もいただきました」
「そうか……アレがまた、聞き分けの無いコトを言い出した……と、思ったのだが……」
 娘は冷え切った夫婦の溝を、心の奥で嘆く。

「実は、部室棟で活動する、部活動に所属の生徒たちの話なのです」
「やれやれだな。いくらゴネても、耐震補強もままならない建築物を、使い続けるなど出来ん」

「いえ……校舎の解体については、彼らも同意致しました」
「なら、何が気に食わんというのだ?」男は、小さく声を荒げる。
「解体は認めるも……廃部については別問題だと言い、皆で集まって抗議の姿勢を崩しません……」

「全く……これだから、教養の欠片も無い、ガキは」男は、表情を醜く歪めた。
「自分たちの行為が、学校の品位を貶めているコトにすら気付かないとは……やはり、知性の無いガキに、教育などしても無駄なのだよ!」

 (……昔は、優しい父だった。それが、今では……)
 娘は、この品位の無い男が、自分の父親であることを恥じる。

「赤字に陥ってまで、下らん学校を存続させる意味など、どこにある!? アレももう少し、経済の概念と言うものを……」
「ですが、お父様……」娘は、母親に対する悪口を遮った。

「ここはあえて、彼らの要求通りにしてみては、どうでしょうか」「なんだと?」
 僅かに表情を歪めた父親だったが、何やら真意があると気づいたのか、娘を問いただす。
「彼らは一体、どんな抗議をしているのだね?」

「……それは……」外から聞こえる雨音は、勢いを増しているようだった。
「彼らは結束して、自分たちが必要な部活だと、PTAや理事会に認めさせるために行動しています。結束は固く、とくに茶道部の部長が中心となって、アピール材料を集めているようです」

「なる程な。それで……お前の考えとは?」男は、娘の顔色を見る。
「簡単なコトです」娘は、顔を逸らしながら言った。

「……逆にPTAや理事会の前で、『彼らがどれだけ取るに足らない部活であるか』を、証明してやればいいのです」
 男は、いささか驚いた表情を浮かべたが、直ぐに満足した笑みに変る。

「フッ……フフフ。なる程、流石は我が醍醐寺の跡取りとなるべき娘よ。お前の提案、委細承知した」
 男は娘の提案した姦計に、大いに満足をし賛同もした。

「では……」娘は後ずさりして、にじり口を出て茶室を去ろうとする。
「……ところで、あの男……」男は質問で、娘を呼び止める。
「橋元の息子だが、今回の件でもお前に立て付いたと聞いたが……?」

 けれども娘は、何も答えず振り返りもしなかった。
「アレは、わたしの見込み違いだった。お前には、もっと相応しい男を……」
ピシャリと音がし、男が音の方を見ると、娘の姿はそこにはなかった。

「……フン、まあいい」男は、再び柄杓を手にはさんで、自らの茶碗に湯を注ぐ。

「こんな家……」少女は雨の中を、傘も差さずに駆け出す。
 茶室では父親と、一度も視線を合わさなかった。
「でも……あの男の言う通りよ! 蒔雄……アナタには、わたしなんかより相応しい女性が……」

 醍醐寺 沙耶歌が石畳の上を走っていると、和傘を差した着物姿の女とすれ違った。
女の肌は白く、目は不自然な程に吊り上がっている。
女は、少女など居ないかのように歩き、スゥ~っと茶室の方へ通り過ぎていった。

「……薄気味の悪い女。お母様の事業が大変な時に、お父様は……ッ!!」
 娘は父親を、心の底から軽蔑していた。

「アラ……なにかしら?」
 ふと足元を見ると、女の通り過ぎた跡に『一房の毛』が落ちているのに気付く。

「これって……白い……犬の毛?」
 醍醐寺 沙耶歌は何故か気になって、それをスカートのポケットにしまった。