夢との決別
日曜日になった。
二人の少女は、パンフレットに書かれていた、街中の大きな公園で落ち合う手はずだった。
公園は大きな二本の道路に挟まれており、中央には銀色の巨大な電波塔がそびえている。
「もう、アイったら自分から誘っておいて遅刻って……いい度胸だわ!」
淵の薄いメガネをかけた少女が、公園の並木道を歩きながらスマホに耳に当てる。
「こんな時に限って……ぜんぜん繋がらない。電波障害でも起きてるのかしら?」
情報の伝達手段を絶たれた少女は、電波塔を見上げる。
「お母さんは、昔は駅前よりもこっちの方が賑わってたって言ってたケド、本当かしら?」
電波塔は地上波デジタル移行にともない、電波塔としての役目を終え、街も活力を失っていた。
すると、電波塔の先端がバチバチと発光する。
「何かしら? 雷……が落ちるホドでも無いし、プラズマ現象?」
少女が首をかしげていると、後ろから大きな声がした。
「悪ィ。待ったか、セイラ? いやあ、寝過ごして地下鉄一本、乗り遅れちゃってさ」
セイラが振り返ると、オレンジ色の巻き髪ツインテール少女が息を切らしている。
「遅い遅い、何やってたのよ、アイ!」
「そんなに怒るなって。電話もメールも色々試してみたんだケドよ。なんか全滅でさ」
「そう……やっぱ、電波障害が起こってるんだ」セイラは、自分の端末の責任ではない事を確認した。
「しっかし、お前アイドルっぽい格好してんな? 自分が出るワケでも無いのに」
アイの瞳に映った少女は、クリーム色のシャツにピンクのリボンを結び、青紫のジャケットを羽織っている。スミレ色と紺色のチェック柄スカートに、グレーのストッキングを穿いていた。
「な、何よ。アイドルオーディションだから、多少は可愛い目に寄せただけよ。それにアイだって、普段よりは可愛い格好じゃない?」
「べ、別に。その辺にあったのを、テキトーに着てきただけだし!」「ほう?」
冷たい視線の先に居た少女は、赤と黒のチェック柄ジャケットに、フリンジの付いたベージュ色のミニスカート、パンクロックな短いシャツを着ていた。
自慢のオレンジ色の巻き髪は、右が黒、左が赤のリボンで束ねてある。
「よくも人のコトが言えたわねえ?」「だ、だからそんなじゃ!?」「それより急ぐわよ!!」
足早に歩を進めるセイラに、困惑するアイ。
「何でそんなに急ぐんだよ? 確かに遅れたケド、まだ時間あるだろ?」
「開演前に莉亜に会わなきゃ、意味無いでしょ!」「え? 何で?」
「こないだの流れで、何も言わずに観客席からステージのあの子を見てたら、ただの嫌味だと思われるじゃない」「あ、そうか……なる程?」「はあ……」
溜め息を付くセイラ。二人はようやく広場のステージに辿り着いた。
ステージは広場から、地下街や地下鉄駅へと続く階段付近に設置されている。
準備もほぼ終って、まもなく開演といった雰囲気だった。
「オーディション、始まりそうだぞ!?」アイが、焦った顔でセイラを見た。
「ウソ!? 開演三分前だわ。マズイわね……今からじゃ、楽屋に入れてもらえそうもないわ!」
黄色いイチョウの葉が舞う観客席で、スマホで時間を確認するセイラ。
「ど、どうする」「仕方ない。こんなコトもあろうかと、用意して来て正解だったわ」
セイラは、大き目のクラッチバックから、二本のサングラスと二枚のニット帽を取り出した。
「こ、これで変装しろってんじゃ?」
「バレないようにステージを観て、後から謝るしか無いでしょ。アンタの好みっぽいの、選んでおいたからさっさと付けなさい!」
「ヘイヘイ」アイも渋々変装をして、観客席に座る。
けれども周りを見ると、殆どの席は座る主を見つけられないでいた。
「もうすぐ開演だってのに、ずいぶん閑散としてんな?」
「そうね。レギオン(集団)アイドル時代が終って、世間のアイドル熱もかなり下火になってるから」
「そうなのか?」レギオンアイドルなどという言葉は、セイラが勝手に命名したものだった。
「昔は華やいでたのにな。波美間 莉泣絵(なみまりくえ)の全盛時代だったし」
「そうね。彼女には憧れたわ。輝いてたものね……」
二人の少女は準備中のステージに、彼女が歌っている姿を重ねる。
「でも……突如として、行方不明になっちまったんだよな?」
「人気絶頂のときだったもの。『謎の失踪事件』として、当時は世間を騒がせたわね」
二人がふと天を見上げると、銀色の電波塔の向こうに、鈍色の空が広がっていた。
「あの頃と比べると、閑散としとまってるなあ」
「それでも……アイドルになんて、なりたいのかしら?」
「そりゃ、なりたいから、オーディションなんか受けてるんだろ?」「そうね……」
二人の少女は、ステージ脇に停められた楽屋用であろう中型バスを眺める。
「あの中で、ジュリアが着替えてるのか。今頃なにやってんだろうな?」
「どうせ『オヨオヨ』言って、緊張しまくってるんでしょ」「それは確実だな」
ニット帽を被った、サングラスの少女が二人、笑っていた。ステージでは、マイクの調整が続いており、時折『キーン』と耳をつんざく、ハウリング音が鳴り響く。
「そう言えば、お前と会うのも久しぶりだったもんな?」
「こっちは勉強を邪魔されて、いい迷惑だったわ」
「ファミレスは勉強禁止だぜ?」「うっさい!!」
「そっちは莉亜とは、よく会ってるの?」「夏くらいからかな」アイが答える。
「陸上の朝練で土手を走ってたら、偶々アイツを見かけてさ。それからだよ」
「小学生の頃は毎日会ってたのに……ね」
セイラはスマホのアドレス帳を開くが、ジュリアのアドレスは入っていなかった。
スマホを何度目か買い換えた折に、入れなかったので、スマホで謝る事はできなかったのだ。
それは、夢との決別のためだったのかも知れない。