抹茶の味
渡辺は、絹絵のことで頭がいっぱいだった。
「絹絵ちゃん、どこだ? 返事をしてくれ、絹絵ちゃ~ん!?」
学校前の事故のあった道路を中心に、探し回るが返事は無い。
電柱にぶつかったトラックの周囲には、人だかりができていたが、手掛かりすらも見つからない。
「フーミン、聞いてくれる。お母様と戦ってた、絹絵ちゃん……て言うのかしら?」
悲嘆に暮れながらも必死で後輩を探す渡辺の姿に、千乃 美夜美は声をかける。
「あなたの探している女の子が戦っていたのは、『現実の世界とは少しズレた場所』なの……」
「え? それって……」
「つまり、人間の世界をいくら探しても、恐らくその子は見つからないわ」
「そ、そんな!?」
渡辺は、『絶望』という言葉の本当の意味を知った気がした。
「絹絵ちゃんは、オレが先パイのコトで落ち込んでいたときに、必死に励ましてくれました。いつも明るくて、笑顔がまぶしくて、オレにとって掛け替えの無い後輩なんです!」
千乃 美夜美は涙を零す眼鏡の少年を、ギュッと抱きしめる。
「ねえ、フーミン。絹絵ちゃんのためにも、今あなたが出来ることをしましょう?」
「オレに……できるコト?」
「あのコの望みは、わかってるハズよ」
先パイの言っている意味は、痛いほどよくわかっていた。
「絹絵ちゃんが望んでいたのは、大茶会を成功させるコト……」
それでも、絹絵が心配でならない。
「お母さまがもし、フーミンに手を出したら……今度はわたしが戦うわ」
普段の柔和な先パイからは、想像できない表情を見せる、千乃 美夜美。
「わかりました、先パイ。オレ、行ってきます!」
メガネの少年は、想いを飲み込むようにグッと拳を握りしめると、体育館へと駆けて行った。
「わたしも……逃げてばかりじゃダメだ!!」
薄紅色の頬を二度三度はたくと、彼女も後輩のあとを追った。
「蒔雄……どうしよう!? もうこれ以上、時間を引き延ばせないわ……」
副会長である醍醐寺 沙耶歌の焦りは、限界まで達していた。
既に『ナース服・学生服化推進委員会』の発表は終り、十ある極者部の最後に控える茶道部の発表の時間が、刻一刻と迫っていたからだ。
「大丈夫だよ、沙耶歌姉さま!!」
「渡辺先パイが来るまでの時間は、わたし達が何とかして見せます!」
双子は体育館へと戻ると、直ぐに抹茶を点てる準備に取り掛かった。
「あ……あなたたち!?」
醍醐寺 沙耶歌は、双子の義妹の行動に驚く。
(醍醐寺の家にいた頃は、この子たちは自分から何か行動を起こすことはしなかったのに。親戚中をたらい回しにされた影響なのか、権力を持った者の意向にすぐに従うクセがあったわ。それを心配もしていたのだけれど……)
浅間 楓卯歌と浅間 穂埜歌は、着物に着替え、自らの言葉どおり二人で壇上に立った。
「ご来場の皆様……本日は、お忙しい中お越しいただき、誠に有難うございます」
「我が茶道部が、『大茶会』の大トリを務めさせていただきます」
双子は、茶道部から持ち出した二畳の畳の上に座って、抹茶を点て始めた。
「……ほう? 流石は我が醍醐寺で、茶の湯を学んだだけのことはある」
それを、後ろから見ている男がいた。
「所作にしろ点前にしろ、中々のものではある」
意外にもそれは、醍醐寺 草庵だった。
「……破門となった今では、なんの意味も無いがな」 男は、口元を歪める。
「そもそも、『茶の湯』などと言う古い仕来たりに固執する体制から脱却せねば、醍醐寺の未来は無い。そうは思わんか?」
「はい……」
後ろに控えていた女は、不気味な笑みと共に仰々しく会釈した。
浅間 楓卯歌と浅間 穂埜歌は、客席にお尻を向けない様に『ハの字』に向かい合って座り、点てた茶を舞台の後方に向って置き、そして深々と頭を下げる。
「身寄りの無いわたし達を、今まで育てていただき…誠に有難うございました」
「お二人に、心を込めて抹茶を点てました。どうぞ、飲んでやって下さい……」
二人はそう言うと、湯気の立つ抹茶茶碗を、『醍醐寺 草庵』と、学園長である『醍醐寺 五月』の前の机に置いた。
学園長は、目に涙を浮かべながら抹茶を呑んだ。
草庵も場の雰囲気から考えて、流石に呑まない訳にもいかず、それを口に運ぶ。
「こ、これは……!?」
抹茶を口に含んだ醍醐寺 草庵は、何かとてもなつかしい気持ちになっていた。
「抹茶など……美味いと思ったことなど、無かった筈だが……?」
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