雨の夜の事故
「マドル警部補さん。仰ってる意味が、よく判らないのですが?」
伊鵞 昴瑠(いが すばる)さんの、凛とした声が言った。
「これは申し訳ありません。我輩としたコトが、説明が抜け落ちてしまいました」
コホンと、咳ばらいをするマドル。
「実は先刻、警部が車の事故を起こしましてね。急カーブを認識できずに、突っ切ってしまったのですよ。事故を起こしたコトで駆けつけた、とある警察官に出会ったのです」
「その警察官が、どうされたのです?」
「彼は我々に、そこが事故の多く起きる場所だと忠告してくれましてな」
スバルの疑問に、警部の野太い声が答えた。
「10年以上前にも、悲惨な事故が起きたと教えてくれたのです」
「え……?」
「そう、スバルさん。貴女の可愛がっていた、妹さんの亡くなったときの事故です」
マドルの声から、感情が失われて行く。
「ヒ、ヒカルの……事故のコトですか!?」
「はい。伊鵞 光瑠(いが ひかる)さん夫妻の、交通死亡事故。出会った警察官は当時、現場に立ち会っていたのですよ」
「我々は、危うく難を逃れましたが、カーブの先は河になっておりましてな。ヒカルさん夫妻は、河べりに転落してほぼ即死だったとのコトでした」
「そう……ですか。あの事故のコトは、あまり思い出したくは無いのです」
「心中、お察しします」
スバルの心中を、慮(おもんばか)る警部。
「残念ですが、思い出して貰わなくては行けません」
「オ、オイ、マドル!?」
「ヒカルさん夫妻の、乗っていた車。当時、夫妻は館から自宅へと帰るところだった」
「ええ。ワタルの下らない好奇心のお陰で、ヒカルたちは夜道を走らなければならなかったのです」
「た、確か、近くの湖に魚が放流されたとかで、夫妻の車を借りたのでしたな」
警部の声が、言った。
「スバルさん。貴女は、ワタルさんが車に細工をしたと考えておいででしたが、実は当時、現場は雨が降っていたのです」
「そ、そんなハズは……」
「吾輩も疑問に思ったのですが、事故現場の付近はこの辺りと比べると高地らしいのですよ。居合せた警官の話では、平地で降ってなくとも現場付近では降っているコトが、よくあるとのことでた」
「それでは、雨が原因で……ですが、ワタルが車を借りさえしなければ、あんな事故は起きはしなかったのです!」
「わたしも、河べりの1歩手前で止まって助かったのでが、危ういところでした。夜道で雨まで降っていては、事故もやむを得ないと言ったところでしょうな」
「警部。あまりフォローに、なってないよ」
「そ、そうか?」
マドルのツッコミに、会場から小さな笑いが湧き上がる。
「ところで、スバルさん。夫妻の車に、幼き日のトアカさんは同乗しておいででは無かったのですか?」
「え、ええ。トアカは館で、泊まると言い出して……」
急に鋭くなったマドルの言葉に、慌てる様子のスバルの声。
「そうでしたか。実は、疑問に思っていたのですよ。自宅に帰宅するヒカルさん夫妻の車に、愛娘のトアカさんがどうして乗っていなかったのか……とね」
マドルが、ドームの観客席に向かって言った。
「な、なあ。どう思うよ。トアカちゃんって、ホントに車に乗って居なかったのか?」
「どうだろ。もし乗ってたなら、事故の時に亡くなったんじゃない?」
「でも現場の警官が、夫妻しか乗ってなかったて言ってたわよ」
「こうなると、スバルさんが怪しく見えるわね」
「マスター・デュラハンは、スバルさんだってコト!?」
「そ、そこまでは……」
観客たちの疑問を引き取るように、マドルが台詞を続ける。
「我輩は、幼きトアカさんは車に乗って居て、事故で河に流されてしまったと推測していたのですよ」
「邪推(じゃすい)も、甚(はなは)だしいです。だったら、マスター・デュラハンに殺されたトアカは誰だと?」
「……誰でしょう。誰かが立てた、トアカさんの代役かも知れませんよ」
神於繰 魔恕瘤(かみおくり マドル)は、言った。
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