短絡的な警部
「あのババア、10年以上も病に伏せってんのに、まったくくたばる気配も無い。必至に看病してやってんのに、感謝の言葉すら無いんだからねェ。頭にも、来るってモンさ」
延々と愚痴を吐き続ける、藤美の声。
「嫁と姑(しゅうとめ)の関係……それが、動機ですか」
警部の声が、問いかけた。
「あのコまで死なせちまって、もうどうだって良くなってたのかもね。でも……あのババアを殺せたコトだけは、後悔してないわよ」
「藤美さん。貴女が、マスター・デュラハンだったのですね」
「イ、イエ、違いますわ」
警部が問い詰めるものの、藤美の声はそれを否定する。
「わたくしは、館に行ってもいないのですよ」
「それは貴女が、計画を企(くわだ)てた首謀者だからではありませんか。実行犯として、娘のハリカさんを館に侵入させて、犯行をやらせたのでしょう?」
「でもあのコは、殺されてしまったんです」
「確かに……そうですな」
「わたくしがマスター・デュラハンであったなら、どうしてあのコを殺害する必要があるのです?」
「お、仰る通りで……」
警部の声量が、明らかに落ちて行った。
墓場の舞台は暗転し、マドル1人にスポットライトが当たる。
「藤美さんは、姑であるタミカさん殺害の容疑で、直ぐに逮捕された。それを見届けた我輩は、警部のオンボロ車で館への帰路に着いたのだよ」
聞き慣れたエンジン音が響き始め、観客たちはマドルと警部が乗ってる姿を想像した。
「まったく、少し考えれば解るコトじゃないか。藤美さんは衝動的に、嗅俱螺 蛇彌架(かぐら タミカ)さんを殺害してしまったに過ぎない」
「だってオメエが、いかにも藤美さんが犯人みてェな言い方するからよ」
「吾輩は、藤美さんがマスター・デュラハンだとは、1言も言って無いのだがね」
「ウウ……だがオメエだって、ハッタリかましてただろうが。他の捜査員が、藤美さんの身辺を探っていたとかどうとか」
「吾輩も、形(なり)振り構ってられないのだよ。これ以上、犠牲者が出る前に、マスター・デュラハンを取り押さえなければならない」
「すると、なにか。マスター・デュラハンってのは、そこまで手の込んだ犯行を計画してやがったと?」
「この事件の複雑さ、入り乱れた人間関係を鑑(かんが)みるに、マスター・デュラハンは相当綿密に、計画を練っていたと思うよ」
マドルの台詞が終わると、ドーム会場に頼りないエンジン音だけが響き始める。
「なんだよ。オレもてっきり、藤美さんがマスター・デュラハンかと思ったぜ」
「アンタも、短絡的ね。彼女が、マスター・デュラハンなワケ無いじゃない」
「じゃあ誰が、マスター・デュラハンなんだよ?」
「ハリカちゃんを殺したのが、きっとマスター・デュラハンなのよ」
「そっかあ。で、誰?」
「さ、さあ。そこまでは……」
観客たちの推理が1通り終わる頃に、バタンッと車のドアが鳴った。
「マドル。館に帰って来ちまったが、良かったのか?」
「ああ。突き付けられる証拠が、偶然にも揃ったからね」
「証拠だァ。しかも、偶然って……?」
「警部が事故を、起こしてくれたお陰だよ」
煙に巻く態度のマドルに、再びライトが当たる。
「館へと帰った吾輩は、警部と共に館のある部屋へと向かった。そこには、長い亜麻色の髪をした美しい女性と、気の弱そうな男が居たのだよ」
舞台が、徐々に明るみを帯びて行った。
「伊鵞 昴瑠(いが すばる)さん。もう1度だけ、お話を聞かせていただきたいのですが」
申し訳無さそうに伺いを立てる、警部の声。
「しつこいですわね、警部さん。事件の進展は、ありまして?」
「実は事件を1部、解決して来たのですよ」
スバルの問いに答えたのは、マドルだった。
「そ、それは、素晴らしいコトですね。きっとあのコも、少しは浮かばれるでしょう」
「あのコトは、誰のコトでしょうか?」
「も、もちろん、トアカに決まっているでしょう。あのコは、わたしの宝でしたから」
「貴女の言っているトアカさんとは、どちらのトアカさんなのでしょうね?」
意味深げな台詞を、マドルは言った。
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