業(ごう)
「警察は、ハリカさんや捜査員たちを眠らせた、紅茶に入れられた睡眠薬の出どころを洗ったのです。そして、地元の有力者でかつては医者でもあった、ある男に辿り着きました」
マドルの猫のような瞳が、1層鋭くなる。
「元医者の名前は、木澤 衆市(しゅういち)。貴女も宿泊されていた宿のある街で、医院を経営していた。けれども医療事故がきっかけで、彼の医院は廃業に追い込まれている」
「そ、その方が、どうしたと言うのです。わたくしは、存じ上げませんわ!」
冷静で控えめだった中年女性の声が、荒々しくなって行った。
「ここに来て、新たな登場人物とはね。反則じゃないのか?」
舞台袖から舞台を観賞していた久慈樹社長が、苦言を呈(てい)す。
「新たな人物が、捜査線に浮上するのは、よくあるコトですが……恐らくマスター・デュラハンとは、関係無いですよ」
「ホウ。キミの推理が当たっているか、続きを見ようじゃないか」
「……はい」
ボクたちは舞台に視線を戻し、口を閉ざした。
「警察は、我々だけでは無いのです。貴女の身辺調査は、他の捜査員によって行なわれました。結果、貴女と木澤 衆市が一緒に歩いてる姿を、多くの人物が目撃していたとの情報が得られたのです」
マドルが迫真の演技で、声だけの存在である藤美を問い詰める。
「……な、なにが悪いってのよ!」
甲高い怒声が、ドーム会場に反響した。
「ふ、藤美さん!?」
警部の声が、観客たちの気持ちを代弁する。
「良家に嫁いだと思ったら、旦那はとっとと流行り病でくたばっちまうは、病気のババアの世話は見させられるわ。外で男を作ったくらいで、とやかく言われる筋合いは無いのよ!」
「藤美さん。貴女は木澤 衆市と、身体の関係も持っていた。ここからは推測ですが、廃業がきっかけで多くの借金を抱えていた木澤は、貴女に金銭を要求したのではありませんか?」
「そうよ。木澤家と言えば、あの街じゃ知らない者の居ない名家だったからね。それが1代で没落させちまって、あの人も相当悩んでいたのさ」
「同時に貴女も、彼にある物を要求した。それが……」
「もう、言い訳したって無駄なんだね。そうだよ、お察しの通りさ」
「睡眠薬を、木澤 衆市から受け取ったコトを認める……と?」
「警部さん。とっくに裏は、取れてるのでしょう?」
「ええ、まあ……」
歯切れの悪い、警部の声。
「睡眠薬を受け取る前、貴女は竹崎弁護士から、重蔵氏の遺産相続の件を聞いていた。そこで貴女は、館にハリカさんを進入させたのですね?」
「オイオイ、マドル。ハリカさんは、自分から館に来ると我がままを言って、強引に押し掛けて来たじゃないか。藤美さんは、むしろ止めていただろ」
「警部は、まだ女ってのを理解していないみたいだね。そのままだと、一生独身だよ」
「そ、それじゃあ、本当に藤美さんが、愛娘であるハリカさんを……」
「そうよ。だけど別に、あのコが可愛く無かったワケじゃないさ。ウチも旦那が死んで、家計が厳しくてね。仕方なく、あの子を行かせたんだよ」
「それなのに……ハリカさんは殺されてしまった」
マドルは無念そうな顔を、1瞬だけ見せる。
「なんであんなコトに、なっちまったのかね。わたしにだって、判らないよ……」
「ハリカさんの殺された日の朝、貴女は寺の焼け跡で、ハリカさんの打ち捨てられた頭部を発見した」
「アアッ、なに言ってんだ。ハリカさんの首を発見したのは、嗅俱螺 蛇彌架(かぐら タミカ)さんだぞ。孫の首を見たタミカさんは、心臓麻痺で……」
「警部も、気付いた様だね。タミカさんの体内からは、大量の睡眠薬が発見されたのだよ」
マドルが、何かを示唆(しさ)した。
「あのババアは、わたしが殺したのさ。薬に大量の睡眠薬を混ぜて、飲ませてやってね。アッハハ」
思わず、笑いを零す藤美の声。
「何とも、業(ごう)の深い事件だね……」
マドルが、呟(つぶや)くように言った。
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