体育教師の学年顧問
ハンバーガーショップの多人数掛けの席に、厳(いか)つい男が3人座っている。
「ところでよ。厳煌(げんこう)のヤツは、まだ威張り散らかしてやがんのか?」
下級生の残していったフライドポテトをつまみ食いしながら、題醐さんが言った。
「まあ、相変わらずだ。お前が去った後のサッカー部は、アイツの思うままでな。お前以外にも、多くの人間が去って行ったさ」
宝城と呼ばれた人が、答える。
「体育教師の学年顧問が、なんだってサッカー部に口出しして来やがる」
「前の学校での実績を、買われてのコトだそうだ。和歌山の学校じゃ、あの葛埜季 多聞(くずのき たもん)を、育てたらしいからな」
「そう言や、全国優勝してたっけか」
「学校としても、厳煌の指導力に期待をしているんだ。ヤツにケンカを売ったのは、マズかったな」
「ケッ、知ったコトかよ。オレは、誰の命令も聞く気は無いぜ」
漏れ聞こえて来る、題醐さんと宝城さんとの会話。
題醐さんは、厳煌って体育教師と揉めて退学したみたいだ。
でも少なからず、チームに未練があるようにも感じる。
「ま、題醐の気持ちも、解らんでも無いがよ。夏の大会まで間もないってのに、ウチのサッカー部はどうなっちまうんだ。次の対戦相手は、隣の工業高校だぞ!」
宝城さんの隣に座っていた、もう1人が口を開いた。
……隣の、工業高校?
もしかして、曖経大名興高校(ウチ)?
「気を付けた方がイイぜ、美浦。今年は岡田ら曖経の四凶の他にも、1年に威勢のイイやつらが、入ったらしいからよ」
うわあッ、やっぱウチだった!
「ヒト事だな。お前が居りゃあ、まだ県大会突破の可能性もあったのによ」
「オレは、サッカーから足を洗ってるからな。とうぜん、人事よ」
既に題醐さんは、2つのフライドポテトを空にしていた。
「題醐。今さら、ウチに戻って来いとは言わん。だが、お前ホドのキーパーは、早々居ない。せめて、サッカーだけは続けたらどうだ?」
「余計なお世話だぜ、宝城。遊びで続けるくれェなら、オレはロックに集中するわ」
「偉そうなコト言ってるが、お前メチャクチャ音痴じゃん」
美浦と呼ばれた人が、指摘する。
「だ・ま・れ。パンクロックってのは、それがアジなんだよ。音楽に疎いヤツは、これだから……」
文句を垂れる題醐さんの前で、宝城さんと美浦さんは顔を見合わせた。
それからしばらくの間、3人の同級生たちの会話は続く。
やがて宝城さんと美浦さんは店を後にし、残された題醐さんはボクたちの空けた席へと戻って来た。
「ア~、悪かったな。つい昔の連れとの会話が、弾んじまってよ」
意外にもボクたちに謝罪した題醐さんは、アイスコーヒーを飲み干し店を出て行こうとする。
マ、マズい!
スカウトの目的(ターゲット)が、逃げちゃう!
ボクは慌てて題醐さんの前に回り込んで、必殺の名刺を差し出した。
「おわッ、いきなり何だ、テメェ……あ、名刺?」
名刺をヒョイッとつまみ上げる、題醐さん。
「デッドエンド・ボーイズ? 聞いたコトも無い、サッカーチームだぜ」
真っ赤な髪の頭を掻きながら、名刺に書かれた内容を読み上げる。
「あ、あの、今年から始動した、サッカーチームなんです。良かったら、ウチに来ませんか?」
横から出て来た沙鳴ちゃんが、ボクが言えないセリフを言ってくれた。
ナ、ナイス! た、助かったよ、沙鳴ちゃん!
「イヤ、オレはロックに忙しいんでね。サッカーは、もう過去の歴史なんだわ」
題醐さんは名刺を放り捨て、ハンバーガーショップを出て行った。
「もう! なんなのよ、アイツ!」
沙鳴ちゃんが、床に落ちた名刺を拾ってくれる。
「失礼しちゃうわね。ホンット変わり者だし、アレじゃあそこら中で問題を起こして……」
「だ、題醐さん……ライブハウスに入って行く……」
ハンバーガーショップの大きな窓から、ライブハウスの地下へと続く階段を降りる、真っ赤な髪の男の姿が見えた。
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