ハンバーガーショップと自動レジ
ボクと沙鳴ちゃんは、ライブハウスの前に立っていた。
「ロックハウス、ギルバード?」
ポニーテールの少女が見上げる店の全面に、お洒落な書体(フォント)で店名が刻まれている。
「1階は、バンドのTシャツとかグッズ売ってるお店で、地下がロック会場っぽいですね」
3階建ての雑居ビルの1階から降る階段は、地下へと続いていた。
「あ。でも今日は、やって無いみたい。シャッターが、閉まってますよ」
薄暗い階段を降りて直ぐに、それは確認できた。
「や、やっぱ、平日だから……」
「ですね。どうしましょう?」
「少し……待ってみる」
「わかりました。あっちに、ハンバーガーショップがありますよ。窓側の席から、見張れます」
ライブハウスから道路を挟んだ向かい側に、ハンバーガーのチェーン店があって、大勢の学生たちで賑わっている。
ボク1人だったら、ライブハウスの前でひたすら待つんだケド。
今日は沙鳴ちゃんが一緒だし……入るか。
ボクたちは、ハンバーガーショップに入った。
レジの前では、制服を着た生徒たちが大勢並んでる。
「けっこう、混んでますね。窓際の席、埋まっちゃいそう……イタッ!」
沙鳴ちゃんを突き飛ばした男が、そのまま列の先頭へと躍(おど)り出た。
「あの……並んでるんですケド?」
「注文すんなら、列の後ろに……」
順番を抜かされた学生たちが、文句を言ってる。
「アア、なんだテメー。ヤンのか、オラ?」
男は、真っ赤な長い髪をしていて、鋭い目で学生たちを睨(にら)み付けた。
「お、お客さま。他のお客様の、迷惑になりますので……」
レジの女性店員が、丁寧な対応を見せる。
「迷惑ってんなら、散々客を待たせるオメーらの方が迷惑だろうが。いい加減、自動レジくらい導入しやがれ。なんで注文すんのに、オメーらを通す必要がある?」
赤髪の男は、レジの店員を睨み付けた。
う~ん、言われてみると、確かに2度手間だよね。
どうせ注文番号が印刷された、レシート出すだけだし。
「お、お客さま……そ、そう申されましても……」
「イイから注文、受けちゃって」
アルバイトであろう女性店員の背後から、中年の男性店員が耳打ちする。
「チョット、アナタ。利に敵(かな)ってるような、敵ってないようなコト言って!」
ボクの隣に居たポニーテールの女のコが、大きな声を上げた。
「自動レジを導入しない理由もよく判らないケド、だからって順番抜かしてイイ理由にはならないわ」
竹刀すら持っていない、今日の沙鳴ちゃん。
「ああ? 順番通りに並べとも、順番を抜かすなとも書いて無ェだろ?」
まあ確かに、コチラからお並びくださいとしか、書かれていない。
「書いて無くたって、常識じゃない!」
「勝手に、決めんな。オメーらの、思い込みだろうが」
沙鳴ちゃんが睨み合う、真っ赤な髪の男。
モチロンこの人が、今回のスカウトターゲットである、題醐 鷹春(だいご たかはる)さんだった。
「オレがレジ出るから、他のお客さんの注文聞いちゃって」
「……わ、わかりました」
女性店員が隣のレジへと移り、代わりに男性店員がレジに入る。
「オッ、中々にイイ連携してんな」
題醐さんが、男性店員に向って言った。
「あの、お客様。ご注文は、いかが致しましょう?」
「まあイイや。列の後ろに、並んでやる。有り難く思え」
題醐さんは、すんなりと列の最後尾に並ぶ。
スマホを取り出し、SNSでも始めたみたいだ。
2列になったレジは、客を勢い良くさばき始める。
ボクたちも注文を終えて、まだ空いていた窓際の席に陣取った。
「ゴ、ゴメンなんさい、ダーリン。わたしったらまた、黙ってられなくて……」
「と、とにかく、無事で良かったよ」
「わたし、熱くなっちゃって気付いてなかったケド、あの人が……」
沙鳴ちゃんの視線が、レジで注文をしている真っ赤な髪の男に向く。
「うん。題醐さんだよ」
ボクは、気が重かった。
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