ギルバート
ハンバーガーショップを出たボクと沙鳴ちゃんは、再びライブハウス・ギルバートの前に立っていた。
「実はわたし、お兄ちゃんと1回だけ、こんな感じの地下ライブハウスに来たコトがあるんです」
ライブハウスの、地下へと続く階段を覗き込みむ沙鳴ちゃん。
「あッ! ダーリン、見て。シャッターが開いてますよ」
「ホ、ホントだ……」
「あの題醐(だいご)ってヒトが、開けたのかな?」
地下へと続く階段を降りた先の、シャッターが開いていた。
ハンバーガーショップに行く前は、確かに閉まっていたのに。
「行ってみましょう!」
「ウ、ウン……」
沙鳴ちゃんに促(うなが)され、緊張しながら階段を降りるボク。
シャッターが上がった場所には、古びた両開きのドアがあって、ボクたちは中へと足を踏み入れる。
真っ黒な壁の小さな受付は、オレンジ色のランプで照らされていた。
掲示板には、バンドのメンバー募集やライブ告知のチラシが、いっぱいに貼ってある。
「オヤ、お客さんかい。悪いんだケド、もう少し待ってくれる。今、開けたところなのよ」
受付には誰も居なかったが、折れ曲がった通路の向こうから、紫色の長い髪のお姉さんが出て来て、ボクたちに向かって言った。
「あの……わたし達、お客じゃ無いんです。実は、題醐って人に用があって」
沙鳴ちゃんが、用件を代弁してくれる。
た、たすかるなあ。
「題醐……ってアイツ、またなんかやらかしたのかい?」
腰に両手を当て、ヤレヤレといった表情を浮かべる女のヒト。
「いえ、そうじゃなくて。わたし達、実はサッカークラブの者なんです」
「サッカークラブ? ここは、ライブハウスだよ」
「コ、コレを……」
慌てて名刺を差し出す、ボク。
「デッドエンド・ボーイズだって? 変わった名前の、クラブだね」
名刺の内容を確認する、女のヒト。
すると通路の向こうから、ドラムの音が響いて来た。
「ま、いいか。なんだか知らないケド、アイツに用があるんだね」
完全に納得はしていない感じだったケド、女のヒトはボクたちを中へと案内してくれる。
折れ曲がった通路の先は、小さなライブ会場で、30人くらいが入れる観客席があった。
照明も当てられてない小さなステージには、黒いドラムセットがあって、真っ赤な髪の男の人がドラムを叩いている。
「アレ。思ったより、音が小さいですね?」
「まだスピーカーにも、繋いでないからね。それに地下って言っても、ご覧の通り年季の入ったスタジオだから、多少は音が洩れちまうんだ。本番はともかく、練習はあんな感じさ」
へェ、そうなんだ。
音楽のコトってあんまり知らないケド、裏はこんな感じなのか。
「鷹春(たかはる)、お客さんだよ」
「ア? 客だ? まだ、1時間前だぞ!」
ドラムの音が、鳴りやんだ。
「そうじゃ無くって、アンタに用があるんだとさ」
「オレに、用だァ?」
すると題醐さんの眼が、ボクたちを捉える。
「なんだ。ハンバーガー屋に居た、ヤツらじゃねェか」
ドラムの音が、再び響き始めた。
「チョット、鷹春。話くらい、聞いてやったらどうだい?」
「話なら、聞いたさ。オレを、サッカーチームに入れたいらしい」
「アンタ、サッカーやってたのかい?」
「まあな。昔、少しかじった程度だ」
題醐さんは言ってるケド、退学する前まではサッカー部に所属してたハズだよね……。
「ところで、アンタらの用件を聞いて無かったね?」
「わたし達、題醐さんをスカウトしに来たんです。ウチのクラブはキーパーが弱点で、題醐さんはスゴイキーパーだと聞いて、それで是非ウチのクラブにと……」
「鷹春が、サッカーをねェ。アイツは先月、いきなりウチのライブハウスに乗り込んで来やがってさ。素性は知らないが、ドラムの腕は確かだから、ウチに置いてやってんのよ。歌は、ド下手だケドね」
やはり歌は、下手らしい。
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