それぞれの想い
「それって、このライブハウス・ギルバートで、住み込みで働いてるってコトですか?」
沙鳴ちゃんが、ライブハウスの関係者っぽい、長身の女の人に聞き返す。
「ウチは、2階、3階が住居だからね。空き部屋も多いから、そこ使わせてやってんのさ」
紫色の髪を掻き上げながら、女のヒトは舞台の題醐さんに視線を振った。
「替わりにスタジオの掃除やセッティングは、してやってンだろ、ポエム」
ドラムを軽く叩きながら、返す題醐さん。
「うっせ。その名前で、呼ぶなっつてんだろ。苗字で呼べ、苗字で!」
「死んだオヤジさんから、貰った名前だろ。イイ名前じゃないか、ポエムなんてよ」
「……ポ、ポエム?」
「えっと、ダーリン。そこは……」
ボクたちも思わず、紫色の長い髪のお姉さんを見上げていた。
「あ~、そう言えば紹介がまだだったね。アタシは、彩遠寺 季詩(さいおんじ ぽえむ)。季節の詩って書いて、ポエム。正直、あんま名乗るのは、好きじゃ無いんだ」
「イイ名前だと思います。ポエムなんて、素敵ですよ」
すかさずフォローを入れる、沙鳴ちゃん。
「ホントに、そう思ってんのかい。親父はイギリス人だったから、日本の感覚が解ってないっつうかさ」
「ポエムさんのお父さんって、イギリスの方だったんですか。ポエムさんって背も高いし、モデルみたいだと思ってました」
「イヤ、まあ実際、モデルなんだケドね」
「そ、そうなんですか!」
「このオンボロライブハウスだけじゃ、完全に赤字なんで仕方なくやってんのさ」
言われて見ると、確かにかなり古びたライブハウスだ。
キレイに掃除されてるケド、ステージも照明も、椅子や機材なんかも、かなり使い込まれている。
「ポエムが留守の間、オレがスタジオを預かってやってんだ。だからサッカーなんざ、やってるヒマ無ェのよ。わかったら、とっとと帰りな」
題醐さんはスティックを置くと、どこかへ行ってしまった。
「まったく、鷹春のヤツ。アイツ、高校を退学しただの、学校で色んな問題引き起こしただのは聞いちゃいるケド、サッカーやってたなんて初耳だったよ。でもアンタらがスカウトに来るってコトは、そこそこ上手いのかい?」
「ゴメンなさい。わたし達も、今日が初対面で。題醐さんのサッカーの実力を、詳しく知ってるワケじゃ無いんです……」
それから沙鳴ちゃんは、題醐さんをスカウトに来た経緯(いきさつ)を、しっかりと説明してくれた。
ボクには到底マネ出来ないから、感心するし尊敬する。
「アンタら、倉崎 世叛って人のチーム関係者だったんだ。サッカー知らないアタシでも、最近はよく聞く名だよ。そんなチームが、あの鷹春をねェ」
「……あッ、あの……コレ……」
ボクも頑張って、倉崎さんから預かったスカウトノートを見せた。
「ン? なんだい、このノートは?」
ペラペラと、ページをめくり始めるポエムさん。
「色んなサッカー選手が、載って……あ、鷹春だ。キーパーのユニホーム姿ってのも、また新鮮だね」
見せたノートは、紅華さんや雪峰さんの情報が載った、ボクたち世代のモノでは無く、新たに預かった倉崎さんと同学年の人たちが載ったノートだった。
「へェ。1人1人、丁寧に情報分析されてんだ。手書きみたいだケド、これアンタが作ったのかい?」
「……ち、違う」
ボクは、おもいっきり首を横に振る。
「……倉崎さんの……亡くなった……弟さん……」
なんとか言葉を、無理やり紡(つむ)ぎ出した。
「え?」
驚く、ポエムさん。
それから少しの間、沈黙が続く。
「……そう。アンタらも、色々あるみたいだね」
ポエムさんが、切り出した。
「あの……ポエムさんも、なにかあるんですか?」
沙鳴ちゃんが、ポエムさんの言葉に反応する。
そう言えば、アンタら……って言ったケド、そこ気付くんだ。
「まあね。アタシのオヤジの名は、ギルバート。凄腕の、ドラマーだったんだ」
哀しそうな瞳で、ステージのドラムセットを見つめながら、ポエムさんが言った。
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