もう1冊のノート
「山の背学園って、ウチの隣にある学校ですよね。歩きだと、けっこう離れてるケド」
土手の上を突き抜ける道を、軽快に進む沙鳴ちゃん。
中等部の夏服である、白のセーラー服に、紫色のスカートが可愛らしい。
「うん。でも、も、もう直ぐだから……」
河川敷とは逆方向の坂下に、学校の大きな敷地が見えて来た。
「アレが、山の背学園ですか。威厳があって、なんだかお寺みたいな校舎ですね」
振り返ったポニーテールの少女が、うしろ向きに歩き始める。
沙鳴ちゃんが指摘した通り、山の背学園は、黒塗りの骨組みに白い漆喰(しっくい)が塗られた壁で囲まれ、中には松などの木々が見えた。
縦に長いガラス窓の黄土色をした校舎が、何棟か立っている。
「ウチの校舎って、中途半端なんですよね。デザインも、平凡だし」
「で、でもウチ……マシになったって聞くよ」
「あ、それ聞いたコトあります。昔は窓に、鉄格子がハマってたんでしょ?」
曖経大名興高校はかつて、かなり荒れてたって聞く。
今だって、岡田先輩みたいな恐い人も居るケド。
「あの坂道から、下に降りればイイみたいですね」
土手上の道から降る坂には、白のブレザーを着た生徒たちがたくさん歩いていた。
「し、下には……降りない」
「ど、どうしてですか?」
「もう学校には……居ないんだ」
「もう、帰っちゃったとかじゃ、無いですよね。もしかして、退学……?」
沙鳴ちゃんの質問に、頷(うなず)くボク。
今回のスカウトの、目標(ターゲット)である、題醐 鷹春(だいご たかはる)さん。
事前に倉崎さんから、気になる情報を聞いていた。
夕刻に呼び出された近所の公園で、ボクは倉崎さんから、再びスカウトノートを手渡される。
ノートは、倉崎さんの亡き弟さんが作り上げたもので、紅華さんや雪峰さんら、デッドエンド・ボーイズの選手たちの名前が連なっていた。
「ヤコブは、実は年代ごとにノートを分けていてな。そのノートには、お前と同じ学年の顔ぶれしか載っていないんだ」
そう言いながら倉崎さんは、ボクに2冊のノートを手渡す。
「オレは、弟(ヤコブ)の意志を継ぎたかった。とは言え、現実には高校3年の学生でしかないオレが、給料が払えるのかも怪しくてな。だから高校1年のヤツらを、最初のターゲットにしたんだ」
「う、うん」
前にも言われたケド、高校1年であればバイトくらいの給料でも納得するし、現にボクや他のメンバーたちも納得していた。
「だがさっき、セルディオス監督に言われたよ。勉学に励む学生じゃ、サッカーには専念できない。サッカーに専念できる年齢の、選手を確保する必要がある……とな」
ボクに渡したノートのウチ、1冊を開く倉崎さん。
「このノートは、オレと同学年の選手情報を集めたモノだ。お前から見れば、2つ年上のヤツらだな」
その中から、1人の選手の写真に指を止めた。
「題醐 鷹春。ヤツはオレたちの世代じゃ、最強のキーパーとして呼び声が高かった。智草 杜邑(ちぐさ とむら)よりも、むしろ評価されていたくらいだ」
智草さんとは、フットサルではあるものの、対戦した経験がある。
あの智草さんよりも、評価されていたのか。
「だがヤツは、一風変わった性格でな。周りと頻繁(ひんぱん)にトラブルを起こした挙げ句、ついには学校を退学してしまったんだ」
ノートには、ロックシンガーのような真っ赤な長髪の男の人が、映っていた。
だ、だから、随時稼働が出来るのってコト!?
ど、どんな人なんだろ?
「もう学園を通り過ぎてから、かなり歩いてますよ?」
とつぜん、沙鳴ちゃんの声が耳に聞こえる。
ボクはふと、現在へと引き戻された。
「あの……お店」
「エッ。アレって、ライブハウスじゃないですか!」
わかり易く驚く、ポニーテールの女のコ。
「題醐さんは……ホントにロックシンガーなんだ」
ボクは、倉崎さんから聞かされたコトを口にした。
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