宇宙(そら)の王子様
ボクたちと宇宙戦闘空母クーヴァルヴァリアが、マーズの別動艦隊と接触し戦闘となってから、2日くらいの時間が経過していた。
「地球に居た頃は、1日の時間なんて当たり前に同じだと思ってたケド、宇宙に出てしまうと、何を1日の尺度にするのかなんて、曖昧なモノだな」
気高き少女の名を冠する宇宙戦闘空母の、1室を与えられたボク。
薄紫色の壁で囲まれた部屋には、ボク1人が使うにしては大きな豪華過ぎるベッドがあって、ロココ調のデスクや収納などが1通り備わっていた。
「クーリアには悪いが、この部屋は平凡なボクには似つかわしくない。まるで、おとぎ話の王子サマが、住んでいそうな部屋だモンな」
ボクは、天蓋付きのフカフカのベッドに寝転がる。
「やっぱ、どうにも落ち着かない。どうせ寝転がるなら、汚部屋と言われようが1000年前の自分の部屋の方が、遥かに落ち着いて……」
部屋でダラダラしていると、突然呼び出し音が鳴った。
「宇宙斗艦長……よろしいでしょうか」
部屋の外から、気品のある少女の声がした。
「ク、クーリアか?」
「はい。今後の方針について、話し合いたいと思いまして……」
「わかった。今、開けるよ」
ロックをかけていた、高価そうな木制の扉を開ける。
扉が左右に開くと、そこにはクーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダが1人で立っていた。
「キミ、1人か?」
「はい。いけませんか?」
「いけなくは無いケド……男の部屋に、キミみたいなご令嬢が1人で入るのも……」
「ご心配には、及びません。わたくしは、自らの意志でそうしているのですから」
クーリアは迷いなく、ボクの部屋へと入って来る。
「今後の、方針か。やはりこの艦を、火星に近づけるコトは出来ないよな」
ボクは彼女の言葉を真に受け、率直に切り出した。
「はい。残念ですが……」
クーリアは、部屋にあった透明なデスクの前の椅子に座る。
火星のアクロポリスの街を火の海に沈めた、クーリア。
彼女の艦は、火星の人々の目には、恐怖と憎悪の象徴に映るだろう。
「難しい問題だな。キミが時の魔女に操られていたと言ったところで、1部の人間を除く圧倒的大多数は、時の魔女の存在すら知らない。例え信じて貰えたとしても……」
「もはや火星に還れぬと言うコトも、取り返しのつかないコトをしてしまったと言うコトも、わたくしが1番解っております」
窓から宇宙を眺めていたボクの背中に、クーリアは抱き付いた。
「ク、クーリア!?」
背中に感じる、クーリアの額の温かみ。
ボクは振り返ろうとするも、クーリアは両手をボクの腰に回した。
「方針を決めるなどは、方便です。汚れてしまったわたくしには、生きる目的もございません。どうか宇宙斗艦長……わたくしを……」
深淵の宇宙を見渡す窓に映る、ボクとクーリア。
腰に回された細い腕が、ゆっくりと解ける。
「クーリア。キミは、汚れてなどいないさ。とても、綺麗だ」
自分ですら予期していなかった言葉が、口から飛び出た。
「宇宙斗艦長!」
自由になった両手を、ボクの胸に重ねて抱き付くクーリア。
真珠色の長くて美しい髪と、ドリル状のクワトロテールが揺れた。
「クーリア……」
ボクは、クーリアを抱きしめる。
ピンク色のクワトロテールの1つには、時澤 黒乃の形見である月の髪飾りが下がっていた。
「宇宙斗……わたくしは、出会ってからずっと貴方を……」
大財閥・カルデシア財団のご令嬢が、ボクに身を委ねる。
やがて気高き少女の潤んだ唇が、ボクの唇に触れた。
ボクたちは、共に目を閉じる。
宇宙戦闘空母クーヴァルバリアの、豪奢(ごうしゃ)過ぎる部屋の窓には、星の煌(きら)めく宇宙だけが映っていた。
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