ロココ様式の艦
「まるでベルサイユ宮殿にでも、来たみたいだ」
そこが宇宙空間に浮かぶ、巨大な艦の中であるコトが、俄(にわ)かには信じられなかった。
「アレは、バロック様式の建築ですわ。この艦の部屋は、全てロココ様式なのですよ」
クーリアがしっかりと、ボクの無知を訂正する。
「ゴメン。日本のしがない高校生だったボクには、どちらも縁遠くて」
「ウフフ。姉たちからは、子供っぽい趣味とからかわれたコトもあったんですが、宇宙斗艦長には気に入って貰えたら幸いです」
白い柱にピンク色の壁、金色に輝くランプや鏡で構築された、煌びやかな部屋。
長テーブルを挟んだ両脇には、メイド服姿の少女たちが並んでいた。
「宇宙斗艦長、こちらへ……」
メイドの1人が、テーブルの突き当りにある、2つ並んだ椅子の1つを引く。
「有難う、シルヴィアさん」
ボクは緊張しながら、曲がりくねった白い脚の椅子に座った。
クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダも、もう1つの椅子に腰を降ろす。
「クーリア、キミは……」
「料理が、冷めてしまいますわ。温かいウチに、お召し上がり下さい」
クーリアが、詮索(せんさく)を拒むかのように、ボクの言葉を遮(さえぎ)った。
クーリアに言われて、ボクは長テーブルの上を確認する。
流線を多く用いた黄金のナイフとフォークに、絵画が描かれた皿が重ねてあった。
「そ、そうだな。だケド、フランス料理の作法なんて、ボクは知らないぞ?」
「これは、正式なフランス料理ではございません。気楽に召し上がっていただいて、構いませんのよ」
クスリと笑う、クーリア。
「こちらは、ローストターキーでございます」
「ヒツジの、赤ワイン煮込みにございます」
メイドの少女たちが、テーブルに並んだ美味しそうな料理を取り分け、ボクたちの前に運んで来た。
「じゃ、じゃあ、いただくよ」
ボクはなるべく音を立てないように、慎重に料理を切り分ける。
チラリと隣を見ると、カルデシア財団のご令嬢が、優雅で美しい所作で料理を口へと運んでいた。
「お気に、召しませんでしたか?」
「イヤ、とっても美味しいさ。ボクがこう言うのに、慣れてないだけで」
ボクの言葉に、クーリアの表情が曇る。
「やはり世間の人の感覚とは、ズレているのでしょうね。幼い頃は、これが当たり前と思っておりましたが、ハルモニア女学院に通う頃には、世間との認識の差が明らかにあると感じてはいたのです」
「キミはカルデシア財団の、ご令嬢なんだろ。言わばこの時代の、貴族ってところじゃ無いのか?」
「それはわたくしにとって、大きな枷(かせ)でしかありませんでした。ですから、お爺様や両親にムリを言って、普通の少女たちが通うハルモニア女学院に入ったりもしたのです。条件としてあのコたちを、護衛として入学させるコトとなりましたが」
「なるホド。フレイアさんやシルヴィアさんたちは、元々キミの家のメイドだったのか」
「メイドと言っても、中世のメイドのように料理やハウスキーピングをするワケではございません」
シルヴィアさんが、頭を下げながら言った。
「貧しかったり、兵士として生み出されたりと、様々な事情を持ったわたし達を、クーヴァルバリアさまは温かく受け入れて下さいました」
カミラさんも、空になった皿を下げながら、クーリアとの過去を話す。
「ク、クーリアさまは、キレイで頭も良くて、でもとっても優しいの。お喋りしてると、いつの間にか夕方になっちゃってるくらい、面白いんだよ!」
両手を握り込んだフレイアが、クーリアの良いところを必死に訴えようとしていた。
11人のメイド少女の中でも、シルヴィアさん、カミラさん、フレイアさんの3人とは、宇宙豪華客船セミラミスにも潜入している。
クーリアや他の8人と共に、アクロポリスの街で楽しいひと時を過ごしたりもした。
「そう言えばみんなとは、アクロポリスの街のパルク・デ・ルベリエにも行ったよな。キミやセノンと一緒に、バーチャルコースターに乗って……」
「や、止めて下さい!」
突然、悲鳴のような声を上げる、クーリア。
黄金のナイフが、桜色の絨毯(じゅうたん)の上に落ちた。
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