新人マネージャー
ボクは、剣道の面を被ったジャージ姿の女の子と、マイクロバスを降りる。
「いい、わたしの正体は、絶対にバラすんじゃないわよ。アイツらにバレたら、なにを言われるかわかったモノじゃないわ!」
中学3年生の少女は、肩で竹刀を弾ませながらボクに命令した。
イヤ、どう考えたって、バレると思うんだケド!?
奈央に似てるし、剣道の面の下にもマスクを着けてるから、ボクでも話せそうだ。
「さ、沙鳴ちゃん、どう考え……あ!?」
ボクの目の前に、千葉 沙鳴の姿はなく、土手に陣取ったデッドエンド・ボーイズの元に走って行ってしまっていた。
「ハイ! 今日からわたし、このチームのマネージャーに志願したいです!」
剣道の面を付けたジャージ女子は、竹刀を左手に蹲踞(そんきょ)し、右手を高らかに上げた。
「マ、マネージャーだってェ!?」
「し、しかも、ずいぶんと前衛的な格好をしてるであります」
「オイ、雪峰キャプテンよォ。聞いてる話なのか?」
「イヤ、初耳だな。紅華の知り合いじゃ、ないのか?」
「こんな変な女、知り合いにはいねェよ。それより、どうやってここまで来た?」
紅華さんと7人の女子高生たちが、剣道の面の中身を覗き込む。
「そ、それは……その……」
「大方、ボクたちの乗って来たマイクロバスに、忍び込んでいたのでしょう。例えば、ボールを入れるバッグ……とかにね」
アレ、紫芭さんが、こっちを見てる。
なんだろうと思いつつも、ボクはみんなの元へと合流する。
「御剣、ボールはどうしたね?」
セルディオス監督が言った。
うわあ、ヤバい。
ボールバッグの中身は、沙鳴ちゃんだったんだ。
タブン練習場に、置いて来ちゃってるよォ!?
「マジシャンの推理は、当たっとるみたいやな」
「流石でありますな」
……アレ、お咎め無し??
「ところで、どうすんだ?」
「なにがだよ、クロ」
「このコ、マネージャーにすんの?」
黒浪さんの質問に、みんなが一斉に沙鳴ちゃんを見た。
「お、お願いします。まだまだ未熟者ですが、なんでもしますから」
すると沙鳴ちゃんは、撮影の準備をしていた千鳥さんの元へと駆け寄る。
「せ、先パイ。機材、お持ちします」
「え、そう。けっこう重いから、無理しないでね」
「大丈夫です。剣道で鍛えてますから……っと、思ったより重い!」
スチールケースをたすき掛けにし、ヨロヨロと歩く剣道の面を被った少女。
千鳥さんの指示に従って、沙鳴ちゃんはカメラや三脚をセットする。
「どうします、倉崎さん?」
「まあここで追い返すのも、酷だろう。それにウチも、選手がかなり増えて来たからな」
「それでは、彼女を?」
「丁度スタッフの1人でも、雇おうかと思っていたところだ」
倉崎さんは、車椅子を押してもらっている雪峰キャプテンを、振り返りながら言った。
「あ……危ない!?」
ボクはみんなの前だと言うのに、咄嗟に叫んでしまう。
倉崎さんの車椅子の前に、ボールが転がって来たからだ。
「なにィ!?」
「しまッ……倉崎さん!?」
右の車輪が乗り上げ、雪峰さんの手から外れた車椅子は、勢いよく土手を転がる。
「クッ!?」
倉崎さんが、車椅子から大きくジャンプした。
優雅に宙を舞った倉崎さんは、地面に置かれたスチールケースの上に座るように着地する。
「ス、スゲー。なんて身体能力だよ、倉崎さん!?」
「バカか、クロ。それよりこんなマネしやがったのは、どこのどいつだ?」
紅華さんが、ボールが転がった先を目で追った。
「おっと、悪ィ、悪ィ。つい足元が、滑っちまった」
ボールが、岡田さんの足元へと辿り着く。
「倉崎。まさかプロになったお前と、こんな所ところで合うとは、思ってもみなかったぜ」
蛇のような眼光が、倉崎さんに向けられた。
「岡田、お前の方こそ、今年は全国に行けそうなのか?」
「さあな。ンなモンは、審判サマの機嫌次第よ」
「審判の機嫌って……どんだけ荒っぽいチームだよ!?」
「御剣くんの母校の曖経大名興高校は、チームが11人揃って試合を終えた試しが無いと聞きます」
「ついでに言えば、相手のチームも数名が担架で運ばれるんだと」
「マ、マジかよ!?」
驚愕する、黒浪さん。
「さて、ウォーミングアップでも、始めるとするか」
岡田 亥蔵が、小さくつぶやく。
その背後には、紫色のユニホームに着替えた荒くれ者たちが、ズラリと雁首を揃えていた。
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