ある陰謀論者と料理人
黒髪で長身の男が、カフェの片隅でノートパソコンのキーを叩いていた。
「やはりか。日高グループの背後にも、かのドイツ系の名族が関わっていると見て、間違いないようだな。早急に、皆にも知らせねば……」
ノートパソコンには、文章作成ソフトが立ち上げられており、作成中のチラシの文面が映っている。
「かの名族は、日本の維新にも大いに影響を示している。倒幕がなされたのも、かの名族が裏で敵対する薩摩や長州に金を流したからだ。日高グループが、1代で成り上がったのも、恐らくは……」
男が腰を落ち着かせているカフェの周囲には、大勢の人が行き交っていた。
そこは街の繁華街で、最先端の服が飾られたブティックや、最新のスマホが置かれたショップに、若者たちが集っている。
「考えてみればドイツは、世界に麻薬を売りつけた製薬会社も……ン?」
長身の男は、視線の先に亜麻色の髪の男を見つけた。
「アレは、亜紗梨(あさり)か?」
亜麻色の髪の男は、女性に見紛(みまご)うばかりの容姿で、1人の少女と歩いている。
「隣の女は、前に練習試合に来ていたな。なにやら、きな臭い匂いを感じるぞ」
長身の男は慌てて、大きな背中を向ける。
「なにやってんだい、龍丸。珍しく、こんなお洒落なカフェで」
けれども逆にそれが仇(あだ)となり、亜麻色の髪の男に気付かれてしまった。
「ムッ……亜紗梨、お前の方こそどうした。女など、連れて」
質問には答えず反論する、長身の男。
「料理の買い出しだよ。彼女は、板額(はんがく)さん。龍丸も、前に会ったコトあるだろ」
「ど、どうも、板額(はんがく) 奈央です」
亜麻色の髪の男に紹介され、ペコリと頭を下げる少女。
「なるホドな。お前の料理教室は、この近くだったか」
2人はそれぞれ、マイバックに多くの食材を詰め込んでいる。
「ボクじゃなくて、母親の料理教室だケドね。ボクは、たまに手伝うくらいさ」
「今日は亜紗梨さん、新作メニューを考えたいってコトで、わたしもヒマだったから、お手伝いを……」
「失望したぞ、亜麻色。アレ程の大敗を喫(きっ)したのに、料理にかまけるとはな」
首を横に振る、長身の男。
「そう言うなよ、龍丸。これも、ボクなりの答えなんだ」
「答え……料理がか?」
「ボクの母親は、栄養士の資格も持っているんだ。サッカー選手の身体を作る基本は、食事だ。ボクも栄養学の方から、チームに貢献しようと思ってね」
亜麻色の髪の男は、ニコリと微笑んだ。
「そ、そうだったんですか。こないだカーくんも、落ち込んで帰って来たケド」
「ああ。実は、14ー2と大負けしてね。御剣くんも、相当ショックだったんじゃないかな」
「すまなかったな、亜紗梨。だがオレも、思いは同じだ」
「へェ、龍丸もなにか考えているの?」
長身の男のノートパソコンを、覗き込む亜麻色の髪の男。
「なに、コレ。相変わらず、陰謀論か……」
文章作成ソフトには、『日高 成瓢(ひだか せいひょう)と闇資金』と題された、チラシ原案が表示されていた。
「軽く見て貰っては、困るな。日高グループが、どうして日高 成瓢たった1代で、アレだけの資金を得たのか不思議には思わないか?」
「普通に、頑張ったからだろ。日本にも世界にも、1代で成り上がった企業はザラにあるよ」
呆れる、亜麻色の髪の男。
「だが日高グループは、今や日本のトップ総合企業集団だ。似た話がある。例えば幕末、一介の脱藩藩士に過ぎなかった坂本 竜馬が、どうやって帆船を買い、日本初の株式会社を設立するだけの資金を集めたのか?」
「誰かが、出資したんだろ。確か、トーマス・グラバーだっけ?」
「そう。イギリス人であるグラバーの背後には、ドイツに端を発するある名族が絡んでいた」
「そ、そうなんですか!」
「奈央ちゃん、信じちゃダメだから」
純真な少女を止める、亜麻色の髪の男。
「その名族は決して表には出ず、世界を裏から操った。ナポレオンの戦争で、巨万の富を築き上げ、その資金を元手に世界の重鎮たちに取り入ってな。イギリスは、倒幕の志士たちに金を与えて、ジャマな幕府を排除した。日本を、陰から操るためだ」
「そんなの、操れるワケ無いだろ」
「どうして、そう言える?」
同僚を問い詰める、長身の男。
「その後の歴史が、証明してる。イギリスから多くの技術を学んだ日本は、学んだ技術を活かして戦闘機や艦船を独自開発し、アジアに版図を拡大した。結果、イギリスはアジアにあった多くの植民地を、日本に奪われている。これが、その名族が望んだ結果かな?」
「……うッ!?」
黒髪で長身の男は、言葉を詰まらせた。
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