ラノベブログDA王

ブログでラノベを連載するよ。

王道ファンタジーに学園モノ、近未来モノまで、ライトノベルの色んなジャンルを、幅広く連載する予定です

キング・オブ・サッカー・第10章・EP015

ある若き板前の断言

 大柄な若き板前が、華麗な包丁さばきで新鮮なイカを細切りにしていた。
そこは静岡の海鮮市場にある食堂で、看板には野洲田(やすだ)食堂と書かれている。

「野洲田さんトコの倅(せがれ)さん、戻ってたのかい?」
 日焼けした中年男が、檜(ひのき)のカウンターの向こうの、大将に問いかけた。

「今日はコイツ、学校の創立記念とやらで休みだってんで、こき使ってやってんでさ。ま、明日にゃ名古屋に、戻っちまうんですがね」

 食堂には、多くのテーブルが並べられ、大勢の客が獲れたての魚介類を使った料理に、舌鼓(したつずみ)を打っている。

「ヘイ。イカそうめん、お待ちィ」
 カウンター越しに、さばきたてのイカを受け渡す若き板前。

「義(よし)ちゃん。今年のイカは、大振りで活きがイイだろ?」
 中年の客が、若き板前に問いかけた。

「ええ。活きが良すぎて、まな板から飛び出しちまう勢いだぜ」
 若き板前は、升(ます)に入ったコップに日本酒をなみなみと注ぎ、客へと差し出す。

「なんせオレの船が、昨日獲って来たばかりだかんよ。美味いに、決まってるべ」
 中年の客は、イカそうめんをすくい上げ、ショウガ醤油に付けて頬張った。

 イカ漁の漁師の仕事は、深夜や早朝に行われ、朝には漁を切り上げた漁船が港へと戻って来る。
食堂には、仕事を終えた漁師たちも大勢集い、海鮮料理を酒で胃袋に流し込んでいた。

「それにしたって、この食堂も外人が増えたねェ?」
「なんだか知ら無ェウチに、観光雑誌やらホームページやらに載っちまってよ。オレなんか、英語も出来ない世代だから、苦労してんすわ」

「だったら若大将の義ちゃんに、頑張ってもらうしか無いべ。なあ、キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ?」

「just a little(ジャスト・ア・リトル)」
「……へ?」
 瞬時に返され、慌てる中年客。

「少しだけ、喋れるって意味だよ」
「……あッ、ああ。そう!」
 元々真っ赤だった客の顔が、さらに赤くなった。

「オレも、流暢(りゅうちょう)に会話できるホドじゃ無いケドよ。こうも外国人観光客が増えちまうと、スマホの翻訳機能だけじゃ限界があるんだ」

 カウンターの中から、食堂を見渡す若き板前。
店内には、大勢の漁師に劣らない人数の、外国人客が押し寄せていた。

「オレなんか、喋りかけられても解らないから、逃げちまうモンな」
「やっぱ時代だね。コイツも名古屋の高校に通わせてからは、英語もそれなりに喋れるようになってね。ウチにいた頃は、サッカーばかりに明け暮れていたのに」

「頼もしい、限りじゃない。オレなんか息子も娘も、漁師にはまったく興味無くてさ。大将、アンタが羨(うらや)ましいよ」
 中年の客は、升酒をグイッと飲み干しす。

「ま、オレも食堂継ぐかは、解らんケドよ」
 若き板前が、言った。

「ブッ!? ……マ、マジで言ってんの、義ちゃん?」
「ああ。実は今、名古屋でサッカーチームに入っててよ。そこで、多少は給料も貰ってんだ」

「義ちゃん、サッカー上手かったからなあ。でも、静岡の名門に進まなかったから、てっきり諦めたのかと思ってたよ」

「オレも、そのつもりだったんだがな。倉崎 世叛って人にスカウトされてよ?」
「倉崎 世叛って、あの倉崎 世叛?」
「Ze1リーグで活躍してる、サッカー界期待の新人だよ。ウチのチームの、オーナーなんだ」

「ソイツァ、スゴイじゃない。でも、食堂継がないって……」
 申し訳なさそうに、大将の顔色を伺う中年客。

「別に、構わないですよ」
「ででで、でも、大将……」

「オレもまだ、コイツに介護されなきゃならないホド、老いぼれちゃいませんぜ」
 大将は、黙々と料理をしながら言った。

「イイのか、オヤジ?」
「フン、構わんと言ったろ。ただし、中途半端は許さん」

「中途半端は、オレも大っ嫌いだからよ。なにするにしたって、全力だぜ」
「なら、イイ。だが今日くらいは、料理場に立って貰うぞ」

「ああ、大将」
 若き板前は、大将の寂しそうな顔に気付きつつも、包丁を持つ手を動かし続けた。

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