あるピンク色の髪の高校生の宣言
ピンク色の髪の高校生が、店の床に散らばった髪の毛を掃除している。
「遠光。お前だって疲れてるだろうに、アタシがやるからイイよ」
白い服に身を包んだ、中年の女性が言った。
店には年季の入った椅子が3脚並んでおり、その前には鏡が配されている。
夜の帳の降りた街を映す窓には、美容室の文字が反転して見えた。
「お袋の方こそ、疲れてんだろ。姉貴が出て行ってから、バイトも雇わずに1人でこの店切り盛りしてんだからよ」
黙々と掃除を続ける、ピンク色の髪の高校生。
「鳴弦が居た頃は、あのコも手伝ってくれて助かったケド。あのコが手伝えるようになる前だって、1人でやってたから平気さ。それにしても、鳴弦は上手くやって行けてるかねェ」
「姉貴は、オレと違って真面目で1本気だから、苦労もしてるんじゃ無ェか」
「下積み時代は、大変だからねェ。挫(くじ)けずに、続けられると良いケド。アタシらの頃と違って、美容師になるのに色々と技術が要るみたいだろ?」
「駅前の洒落た美容院(サロン)とかじゃ、客もスタイリッシュな美容師を選ぶからな。カッティングのスキルや、クールな接客とかも大事になって来るぜ」
「時代が、変わっちまったねェ。ウチには、もうアンタと同じ世代のコなんか、来なくなっちまったよ」
深くため息を吐く、中年の女性。
「オレ目当てで来てたヤツらも、高校生になった途端、駅前のサロンに奪われちまったからな」
「遠光。アンタまた昔みたいに、人サマの髪を切ったりしてないだろうね?」
「ああ、もうやって無ェよ。昔だって、小遣い稼ぎにやってただけだ」
「お前それは、法律違反だって……」
「法律的には、親父が子供の髪切ったり、友達の髪を切るくらいは許されてる。それで駄賃を貰えたなんて、よくある話じゃないか」
「それでも、ウチは美容院だ。お客さんに対する、対面ってモンがあるんだよ」
「うるせェな。ま、今はやって無ェンだから、問題無いだろ。それにオレは、サッカーの道に進むコトに決めたからよ」
ピンク色の髪の高校生は、サラリと言った。
「え、お前今、なんて……?」
「オイオイ、もう耳に来てんのか。オレは、サッカーでプロを目指すぜ」
「サッカーでプロって、お前……美容師になるって言ってたじゃないか?」
「まあな。だケド、気が変わった」
「お前は昔から、サッカーが好きなのは知ってるよ。でも、中学でも高校でも、監督や先輩と揉めて部活に入れなかったお前が、いきなりプロを目指すだなんて……」
中年の女性の心配をよそに、ピンク色の髪の高校生は店のシャッターを降ろしに出る。
ガラガラと軋(きし)む音と共に、街の小さな美容室は1日の平凡な営業を終えた。
「お金のコトなら、心配しなくたってイイんだよ。お前を美容専門学校に、入れてやるくらいは……」
「ムリすんなって。3年前にオヤジがくたばってから、お袋は働きっ放しだったじゃ無ェか。それにウチには、まだ妹たちも居るんだからよ」
「そりゃそうだケド、アンタまだ高校生じゃないか」
歳の割りに刻まれたシワの多い顔が、ピンク色の髪の高校生に向けられる。
「高校で、トップリーグのプロ契約勝ち取ってるヤツだって、居るんだぜ。それに今のオレは、デッドエンド・ボーイズってチームに所属していてな。セミプロってホドでも無いケドよ。自分の小遣い程度は、稼げてるんだぜ」
「ホ、ホントかい?」
「信用無ェな。前にウチに押し掛けて来た、無口なヤツ居ただろ」
「……ああ。鳴弦と、一緒に来たコだね」
「御剣 一馬って名前で、ソイツにスカウトされてな。前の日曜に、始めての公式戦があったんだ。ま……ボロ負けしたがよ」
「そ、そうかい。遠光、信じてイイんだね?」
「とりあえずは、やってみるわ。プロの世界で、生き延びられるかは解らんがな」
宣言する、ピンク色の髪の高校生。
「お前が決心したのなら、止めやしないよ。頑張っておやり……」
中年の女性は、柔和な笑顔を見せた。
前へ | 目次 | 次へ |