襲撃の宇宙戦闘空母
「ゴメン、クーリア。無神経が過ぎるな、ボクは……」
慌ててスプーンを拾おうとするも、シルヴィアさんに先に拾われてしまう。
クーリアの顔を伺うと、俯(うつむ)いたまま目を閉じていた。
思えば火星では、パルク・デ・ルベリエでの華やかな思い出の後に、アクロポリスの街を焼いた惨劇の悪夢がやって来る。
地球から冥王星軌道までの長旅で、火星での記憶の鮮度が落ちてしまっていた。
「忘れろと言ったところで、簡単に忘れられる記憶じゃ無いよな」
「……わたくしの罪は、たとえ死んでも消えはしません」
「ボクも、キミを止められなかった。自分の娘たちの命を、優先してしまったんだ。アクロポリスの住人からすれば、ボクも同罪だろ?」
「違います。宇宙斗艦長は、救える可能性のあった命を、救えなかっただけ。わたくしは、率先して多くの命を奪ってしまったのです……」
クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダの言葉には、それでも気品と気高さが備わっていた。
「何度でも言うよ、クーリア。キミはあの時、時の魔女に操られていたんだ!」
「わたくしには、あの時の記憶が鮮明に残って居るのです。空に浮かぶ、四角い物体。焼け堕ちる、アクロポリスの街。逃げ惑う、人々の姿。それら全てが、鮮明に……だから……怖い……」
ボクに身を寄せ、震えるクーリア。
必死に思考を巡らすものの、ボクの頭では気の利いた言葉など思い浮かばない。
「わたくしは、今まで生き永らえて参りました。それはもう1度、宇宙斗艦長にお会いしたかったからに、他なりません……」
ボクの胸で、気高きカルデシア財団の令嬢が泣いていた。
「クーリア……」
ボクは、彼女の真珠色の髪をそっと撫でる。
まるで本物の絹糸(シルク)のような、美しい髪だった。
その時、ロココ調の煌びやかな部屋が、激しく揺れる。
黄金のシャンデリアが天井に打ち付けられ、長テーブルに並んだ殆(ほとん)ど手付かずの料理が、床に零(こぼ)れ落ちる。
「な、何事か!?」
壁に這いつくばったシルヴィアさんが、怒声を上げた。
『我が艦は、攻撃を受けました。左舷後方、被害大』
コンピューターであろう声が、どこからとも無く応答する。
「ま、まさか、プリズナーたちが!」
もんどりを打って倒れていたボクは、クーリアを抱えながら顔を上げた。
「それは、無いでしょう。彼らの戦力で、クーヴァルヴァリアが大きく傷つくとは思えません」
胸に抱えた、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダが、冷静に状況を分析する。
「ご明察です、クーヴァルヴァリアさま。マーズ艦隊の別動隊が、どうやら我々を発見した様です」
カミラさんが、主に正しい情報を伝えた。
畏(かしこ)まっていた11人のメイド少女たちが、兵としての振る舞いを始める。
「総員、戦闘態勢へ。わたくしは、艦橋(ブリッジ)に上がります」
少し前まで悲劇のヒロインだった少女は、凛として指示を飛ばしていた。
「クーリア、ボクもゼーレシオンで出るよ」
ボクは、クーリアの豹変ぶりに違和感を感じつつも、当面の問題に対処する。
「お願い致します。艦長の乗って来られた宇宙船は、クーヴァルヴァリアに回収いたします」
「ああ。そうしてくれ!」
ボクはクーリアと、再び別れた。
クーヴァルヴァリアの格納庫(ハンガー)に戻り、ゼーレシオンと1体化する。
巨大なハッチが開き、ピンクと薄紫色の機体が、次々に宇宙空間へと出て行った。
「あのコたちが堕とされたら、クーリアが哀しむだろ」
ボクも、彼女たとの後を追って、漆黒の空間へと飛び出す。
「アレか……かなりの規模だな」
丁度、太陽のある方角から、漆黒の船体をした巨大な艦を中心とした艦隊が、宇宙戦闘空母クーヴァルヴァリアに差し迫っていた。
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